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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第447回:ありそうみの夜明け - ウイラーエクスプレス5323便 -

更新日2012/11/09



2012年4月9日夜。品川まで京浜東北線に乗ったら、車内モニターで気になるニュースを映した。ウィラートラベルのバスが昨夜、正確には日付が変わって今日未明に事故を起こした。関西発福岡行が大型トラックに追突し、乗客3人が骨折する重傷、運転手を含む24人が軽傷という。なんということだ。私は今日これから、そのウィラーのバスに乗るというのに。そういえば、少し前にも事故を起こしていたような……。

鉄道は過去の事故の経験から対策が行き届き、信号システムや車両に安全対策が行き届いている。しかしバスは運転士の技量にかかっている。それはツアーバスも路線バスも同じだ。夜行の便利さと安さでツアーバスは急成長だという。

安さと安全を天秤にかけるなという意見も多い。しかし、運賃が高くても安くても、バスである限り安全性に大きな差があるわけでもないだろう。夜行列車があれば鉄道がいい。どうも夜行バスは移動の道具に徹していて、旅情や楽しみには欠ける。しかし私は便利さを重視して夜行バスを選んだ。


都営バス乗り場を間借りする夜行バス

品川駅の港南口を出てエスカレーターを下り、振り向いたところに都営バスの乗降場がある。もう最終便が出てしまって閑散としている。駅前広場の外側はまだにぎやかだけど、こちらは闇の吹き溜まり。ここに旅行カバンを持った人々がひとり、またひとりと現れる。私もそんな旅行者のひとりだ。だだし私のカバンは小さく、日帰りの装備であった。

やがてどこからか、ピンクのジャケットを着た人が現れ「北陸方面のバスをご利用の方」と呼びかける。散らばっていた旅行者たちが集まって、都営バス乗り場にピンク色の大型バスが到着する。これが「ウイラーエクスプレス5323便」である。私はプリントした乗車票を係員に見せて乗り込む。指定席は1A。最前部の左窓際だ。このバスは前の2列が3列シート、その後ろから4列シートになっている。4列のほうがもっと安いけれど、相席の煩わしさからは逃れたかった。


リラックスワイド。意外と寝心地がよい

このバスは東京ディズニーランドを21時45分に出発して、ここ品川を23時35分に発車する。次は新宿のウィラーバスターミナルに停まり、そこからはノンストップで富山・高岡・金沢の順に停車する。富山着は05時50分。夜明けから始まる鉄道の旅にちょうどいい時刻である。品川経由も、私の住む大田区から便利である。

バスは鉄道と違って、乗ってみるまでどんな道路を通るかわからない。夜行バスは窓がカーテンでふさがれ、早寝する人もいるから開けてはいけない。窓ガラスとカーテンの間に頭を突っ込み、昔のカメラマンが暗幕をかぶるような気持ちで外を眺める。品川を発車したバスは、旧海岸通りを北上し、芝浦で左折、田町駅の南側の陸橋を超えて桜田通りを進む。正面のカーテンがまだ開いている。正面に東京タワーが構えている。この景色もルート作成上の演出かもしれない。

バスは赤羽橋の交差点を左折して、外苑西通りを行く。青山墓地、神宮の森をかすめる。東京は意外と暗いんだな、と思わせる辺りである。私は品川駅のコンビニで買った梅酒の炭酸割を開けた。景色の期待できない夜行バスでは寝るしかない。ちょっとずつ口に含み、飲み終わる頃に新宿住友ビルに到着した。ここにはウィラートラベルのバスターミナルがある。明るく、空港のようなロビーがあって、旅立ちの気分を盛り上げてくれる。しかし、今日は薄暗い品川から乗った。雰囲気よりも安さと便利さが勝つ。貧乏旅行らしくて、それもまたいい。

今回の旅は夜行日帰りで、富山から高山本線を走破する予定だ。岐阜に明るいうちに到着して、そのまま各駅停車で東京に戻ってくる。なかなか乗りごたえのある行程だと思う一方で、各駅停車しか乗れなくても、中京圏に明るい時間まで滞在できるとは意外でもある。もっとも、岐阜から品川まで各駅停車を乗り継ぐと約6時間半かかる。その間の食事、暇つぶし、豪雨などの運休リスクが課題となる。

青春18きっぷの残り1枚をどうするか。それを考えあぐねた結果の行程だ。東京から日帰り圏で行ける場所から未乗区間がなくなった。夜行快速列車で行ける範囲も乗りつくした。今後は夜行バスや飛行機を使って遠征する必要がある。もっとも、本当はバスではなく列車で行きたかった。しかし、関東と北陸を結ぶ急行『能登』は臨時列車化されてしまい、この時期は運転されていない。


松代パーキングエリアで休憩

新宿を出るときに係員と運転手の引き継ぎを盗み聞きすると、このバスの乗客は28名。最前列は私だけで、1B、1Cは空いている。事故を恐れてキャンセルしたかもしれない、と思う。発車後に運転手から案内があり、途中の高坂、松代、アリスミで休憩予定という。アリスミってどこだっけ、と思っていると、やっと酒が眠気を連れてきた。バスの揺れか酔いのせいか空腹を感じるけれど、どこかのSAで食べ物を調達できるだろう。

眠っていたけれど、高坂サービスエリアと松代パーキングエリアでは外の空気を吸いに行った。最前列はドア開閉もあるし、乗客の通行もある。運転席に灯る照明も漏れてくる。どうしても目覚めてしまう。ただし、トイレには行っておきたい。糖尿病はトイレが近い。治りかけているけれど、行けるところでは行っておくべきで、先日の大阪からの帰りでもトイレには必ず行った。発車してしばらくは寝付けない。缶チューハイをもっと買っておけばよかった。

浅い眠りと深い眠りを繰り返し、04時50分に有磯海サービスエリアに到着した。アリスミではなく、アリソウミであった。ありがたいことに売店が開いている。24時間営業らしい。レジカウンターに格闘技をやっていそうな剃髪の男がいた。警備も兼ねているのかと思う。店内に桜エビやます寿司がある。「もうここは富山なんだね」というと、
「はい、ここは富山県滑川市です。ホタルイカのなめりかわ」といった。キャッチフレーズらしい。意外と愛想がよかった。餡ころ餅と饅頭をひとつ買う。


有磯海サービスエリアで夜明けの月を見た

地名に覚えがないと思ったら、有磯海は歌の枕詞で富山県の海を指すそうだ。北陸道上り線。なるほど、関西圏だから上りである。バスに戻ってあんころ餅を食べる。饅頭は非常食としてとっておく。空の色がコバルトブルーに変わっていて、ここから先はだんだん明るくなっていく。私は暗幕被りの姿勢で夜明けの街を眺めた。

携帯端末の地図で位置を確認すると、バスは富山インターから一直線に北上している。富山駅の向こう、ガラス張りのビルが朝焼けを映している。あれはインテックだったな、と思い出した。あのビルのふもとには富山ライトレールの停留場がある。富山のIT企業インテックはかつてゲームソフトも作っていた。


バスでは無線LANが使えた。地図で現在地がわかる

富山駅南口に着いたと思ったら、バスは交差点を右折した。ここで降ろしてくれたらいいのにと思う。地鉄ビル前電停のそばで左折して北陸本線のガードをくぐる。2010年の秋に泊まったホテルを通り過ぎ、また左折して富山駅北口に到着した。バスが数台停まれる駐車場があった。他にも夜行バスが4台ほど停まっていて、5323便はその隙間にバックで入った。最近のバスはバックモニターを搭載していて、自家用車のようにスムーズに車庫入れができるらしい。


富山駅北口に到着

時刻は05時45分。5分の早着。順調であった。5323便は私を含めて10人ほどの客を降ろし、腹のトランクから荷物を下ろすと、長居は無用とばかりに発車していった。まだあのバスの旅は続く。終着の七尾まてあと4時間ほど走る。全行程は約12時間になる。さすがにそこまで乗りとおす気分にはならない。

富山駅前に集まる夜行バスは意外と多い。ナンバーや会社を見ると、この時刻だけで東京から3台、関西から1台。夜行の需要はまだまだある。北陸行の夜行列車は利用率が低いから廃止になったと聞いていた。夜行バスが夜行列車の客を奪ったという見方もあるようだけど、鉄道に見捨てられた夜行旅行者をバスが拾ってくれたとも言えそうだ。少なくとも私は拾われた客のほうであった。

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書

『A列車で行こう9 Version2.0 プロフェッショナル 公式ガイドブック』 杉山淳一著(株式会社(エンターブレイン)

http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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