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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第427回:この日、最も高単価な客 - 北近畿タンゴ鉄道 宮津線3 -

更新日2012/06/21



野田川駅を発車した列車は、駅名の由来となった野田川を渡る。次は岩滝口駅である。このあたりは与謝野郡で、加悦町・岩滝町・野田川町が合併して与謝野町になった。与謝野鉄幹の出身地である。白い雲と青空の比率が刻々と変わっていく。少なくなった雲から太陽が顔を出し、濡れた路面を照らしている。絵心のない私には一句も降りてこないけれど、さしあたり今日の天橋立は晴天だと確信した。昨日から今朝までの雪が嘘のようだ。誰に感謝したらいいだろう。

照り返す光の向こう岸で林が連なっている。たぶんあれが天橋立である。今日は天橋立をたっぷり見物する予定だ。しかし、その前に宮津線を踏破しておきたいから、いったん西舞鶴へ行ってくる。


車窓から天橋立を見る

列車の向きが変わり、日差しが右側の窓から差し込む。私の席と通路を隔てた席に座った女の子がカーテンを閉めてしまった。あっちの景色はもう見えない。寂しいが、女性は日差しを嫌うものだ。

宮津駅に07時24分に着いた。豊岡を出てから1時間20分が経過していた。ここで列車は分割される。その作業のため約10分の停車時間がある。特急車両のタンゴエクスプローラーが停まっていた。北近畿タンゴ鉄道にはタンゴエクスプローラーとタンゴディスカバリーの2種類の特急車両がある。今回の行程ではタンゴディスカバリーには乗れるけれど、タンゴエクスプローラーは組み込めなかった。悔しいからホームに降りてじっくりと検分した。


栗田付近の景色

宮津駅を出ると海沿いを走り、ふいに内陸へ転じてトンネルに入る。栗田半島の根本を横断する。栗田半島は丹後半島に比べると小さいけれど、この半島のお陰で宮津は天然の良港として栄え、潮流は穏やかになり、そして天橋立を形成したのだろう。栗田半島のトンネルを抜ければ栗田駅。駅名標を見て、栗田と書いてくんだと読むと知る。

栗田から次の丹後由良まで、車窓に海が広がる。日本三景の天橋立は、車窓からだと面白みがないから、むしろ宮津線の車窓の名所はこちらだと思われる。海の向こう、島影に見える陸地は栗田半島の岬のひとつ。白い鉄塔は関西電力のエネルギー研究所と地図にある。火力発電所が2基、風力発電機4基、波力発電機1基があるという。Web彩都によると、どれも研究は終わっていて、いまは水産関係の研究のみ。

トンネルを幾つか過ぎて海を離れ、由良川を渡る。昨日、福知山線の車窓から眺めた川がここに注いでいる。宮津線は当初、もっと上流で由良川を渡る計画だったけれど、鉄橋による川の堰き止めを危惧した上流の人々によって反対運動があって、現在の河口寄りになったそうだ。


ちょっと内陸に行くと雪景色だ

どこで川を渡っても変わらない気がするけれど、この変更によって宮福線のルートも変わった。宮福線は由良川に沿って建設され、宮津線と合流する計画だった。しかし宮津線は対岸に移ってしまった。合流するなら丹後由良駅あたりだけれど、川の両岸に鉄道はいらないと、宮津へ直行するルートに変更になった。もっとも、宮津線は構想から建設まで半世紀以上を要している。その間にトンネル技術が進歩して、「宮津へ直行したほうがいい」となったかもしれない。

列車は由良川沿いを遡上する。私は右側の席に移った。川の向こうの由良岳が、粉砂糖をふりかけられたような雪化粧となっている。その粉砂糖の位置が少しずつ下がってきて、とうとう地面一帯が白くなった。ちょっと山間に入るともう雪景色になっている。もっとも、今日の天気なら、夕方までにすべて雪解けとなるだろう。

由良川と離れてトンネルを通り、四所駅に着く。ここから真東へ向かえば舞鶴港であり、平地が続いているけれど、宮津線は南へ転針し、愛宕山を迂回して、南側からJRの舞鶴線と合流して西舞鶴駅に到達する。不自然だと思うけれど、これが由良川架橋ルート変更の名残だろう。西舞鶴側から見れば、真壁峠を越えて由良川を超えるつもりなら、このルートで正解である。それが変更になったため北上し、四所駅に至った。


西舞鶴には車両基地があった

豊岡駅発車から2時間かけて、西舞鶴駅に08時09分着。降りて背筋を伸ばす。雪景色を通過してきた所だけあって空気が冷たい。しかし日差しは強く、肌に微かな熱を感じる。整理券を渡して清算し、フリーきっぷを買わなくてはいけない。改札口は最後に出たい。私はまっすぐ改札口へ向かわず、ホームを逆方向に歩いてみた。


西舞鶴駅

構内には車庫があって、タンゴエクスプローラー、タンゴディスカバリー、普通列車が休息している。路線の規模と運行本数から考えると、意外なほど特急車両の数が多い。JR線に乗り入れて京都や大阪へ出張するから、運行車両数をJR側の車両と折半するために多めに作られたと思われる。ただし、この3月のダイヤ改正で相互乗り入れ列車は減っていて、JR車両の比率が高くなっている。


北近畿タンゴ鉄道のホームは舞鶴線の西側にある

西舞鶴駅の窓口に初老の駅員がいた。整理券を渡すと意外だという表情だ。この時間帯は定期客ばかりなのだろう。やや上ずった声になり、
「お客さん、どちらからいらっしゃった。クンダ? アミノ?」
「豊岡です。小銭がなかったのできっぷを買えなくて……」
「あ、豊岡、ああそう」
「フリーきっぷが欲しかったんだけど」
「ええっ、そうでしたか。窓口があいてませんでしたか、ここまでのきっぷだいもいただかなきゃ、あきまへんが申し訳ないですなあ」

少しだけ期待した差額精算にはしてもらえないらしい。それが正しい扱いだから、この駅員は悪くない。
「ええ、いいです。ここまでのきっぷ代を払いますから、帰りにフリーきっぷを使います」


こちらはタンゴエクスプローラー

「そうですか……何か差し上げられるものがあるといいんですけど」
その気持ちだけで充分である。

ここまでのきっぷ代は1,680円、フリーきっぷは3,000円。合わせて4,680円。たぶん、今日一番の乗客だろうと思う。駅員は精算券とフリーきっぷと釣銭を差し出すと、ちょっと待って下さいよ……と事務室内を見渡した。整理整頓された室内には何もなく、観光案内図を差し出して「こんなのしかなくて」と言った。

そこで事務室内の電話が鳴る。対応できる人は彼かしかいない。私は目礼し、この場を辞した。願わくは、この事例を本社に報告し、今後は同様の旅行者に便宜を図れるようにしてくれるといいけれど。


天橋立まるごとフリーパス
ケーブルカーや観光船も乗り放題

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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