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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第429回:しゃがんでGO! - 天橋立鋼索鉄道 -

更新日2012/07/05




天橋立は乗り物好きにとって楽しいところであろう。観光船、ケーブルカー、リフト、スロープカー、バスと、観光地に必要な乗り物がそろっている。レンタサイクルもあって、天橋立を颯爽と走り抜けられる。

パンフレットやネットで調べると、天橋立はいくつかのエリアに分かれて案内されている。北近畿タンゴ鉄道の天橋立駅がある地域は文殊エリア。スロープカーとリフトがあり、展望所からの眺めは飛龍観という。対岸は丹後半島で府中エリアと呼ばれている。こちらはケーブルカーとリフトがあり、展望所からの眺めは斜め一文字という。


丹後国一宮、籠(この)神社

これらの天橋立を挟んだ地域が一体となって、いわゆる天橋立観光地を形成している。ほかに、天橋立の西側と東側の眺めがあって、西の阿蘇海の対岸から見ると一字観、東の宮津湾、栗田半島から見ると雪舟観だ。雪舟観は雪舟が描いた国宝天橋立図の眺めで、ちょっと格上のような気がするけれど、肝心の天橋立から遠く、交通も整っていない。北近畿タンゴ鉄道が最寄り駅を作れば、そこから海沿いの散歩道として良さそうである。

私のルートをおさらいする。宮津から乗った観光船は、文殊エリアの天橋立桟橋に立ち寄り、天橋立に添って府中エリアに向かい、一宮桟橋に到着した。下船して短い土産物店街を通り抜ける。次のポイントは傘松ケーブルだ。正式な名称は天橋立鋼索鉄道。この地域を受け持つ丹後海陸交通が運行する鉄道路線だ。傘松ケーブルや天橋立ケーブルカーともいう。

ケーブルカーはこちら、という矢印に従い、国道を渡ると籠神社の境内に入る。「このじんじゃ」と読むそうだ。一宮桟橋の一宮とはここである。一宮は地域でいちばん格の高い神社に与えられる呼び名で、籠神社はその格にふさわしい構えであった。天照大御神が伊勢神宮に移る前に巡った地のひとつ。故に元伊勢ともいう。


鎌倉時代の犬小屋……なんて言ったら罰当たりだろうか?

信心の薄い私は、祭神よりも狛犬のほうが興味深かった。鎌倉時代の作で、石造狛犬として日本一の名作という。そういうからには狛犬研究の権威がいるらしい。しかし、そこかしこで見かける狛犬よりズングリとしているし、大切にされているらしく木造の屋根もかけられている。その姿はまるで愛玩犬で、なんともかわいい姿であった。

先に進めばひょうたん型の池があって、なぜかシートが掛けられている。どんな由来かと看板を見れば「カメを持ち込まないでください」という注意書きであった。飼育に持て余して放すなんてよくあることだ。しかし、注意書きまで必要になるほど持ち込まれるという。そんな大量のカメは、いったいどこから飼い主の元へおいでなさるか。縁日のカメすくいか、この地域にカメブームでもあったか。


日本でいちばん小さなケーブルカー

神社を出て細道を歩くとケーブルカーの府中駅である。日本三景の観光地らしい賑わいである。観光船の人々がほとんどここに来る上に、クルマや観光バスで訪れる人もいる。きっぷ売り場に並ぶ人を横目に、フリーきっぷで入場すると、ちょっとした優越感もある。府中駅のホームは階段状ではなく、坂道である。この方式は全国のケーブルカーの中でも珍しいという。車体は階段状だから、ホームとステップに段差がある。私はつま先を上げないで歩く癖があるから、躓かないように気をつけた。

黄色い車両が出発を待っている。おかげさまで60周年という飾りがあった。このケーブルカーの開業は1927(昭和2)年で、85年も経っている。当時は成相電気鉄道が運行していた。戦争の不急不要路線として廃止され、1951年に丹後海陸交通が復活させた。それから60周年という意味だ。


運行距離は400m

傘松ケーブルのもう一つの特長は車体である。日本のケーブルカーでは最も短いらしい。小さな車体と団体客が乗っているせいで、停車中の車両はほぼ満席だ。空いている場所を探して前に進み、扉のそばに立っていると、「前が塞がれたら、みえんわー」とオバちゃんに言われる。この混雑で、座ったまま正面の景色を見ようとは図々しい。

やれやれと思いつつしゃがむ。もっとも、上り向きの先頭部分だから、視点を低くすれば私も見通しが良い。所要時間はせいぜい5分である。路線長は400メートル。高低差は130m。下の駅からすれ違い部分も上の駅も見通せる。カーブもトンネルもないシンプルな構造であった。


股のぞきステージ

たった130mの標高差ながら、傘松駅はひんやりとしていた。周辺は展望公園になっている。人が歩かないところに雪が残っている。ふもとは地面も乾いていたけれど、少しでも高いところへ行くと雪がある。宮津線の車窓もそうだった。これが日本海側の春の気候だろうか。

展望公園を縁取るように、いくつか"お立ち台"が並んでいる。天橋立名物の股のぞきをする場所である。せっかくだからやってみようと思うけれど、ここからさらにバスに乗って成相寺に行きたい。神社仏閣の興味ではなく、バスに思い入れがあるわけでもなく、貧乏性だからである。フリーきっぷで乗れるところは全て乗っておきたい。


天橋立、斜め一文字観

ところがバス乗場に行くと、バスもお客の姿もない。フリーきっぷを持っているから、きっぷ売り場に用はないけれど、そこにも係員の姿がなかった。次のバスまで時間が開いているかと思っていたら、ジャンパーを着た男性がやってきて、運休していると言った。確かにきっぷ売り場に貼り紙があって、積雪のため運休とあった。

ジャンパー男は係員のようで、今朝から除雪を始めたところだという。午後には再開できるかもしれないという。しばらく待ってみるとしよう。今は10時30分。今日はここを下山したのち、対岸の文殊側のスロープカーに乗る予定だ。日程の終わりは北近畿タンゴ鉄道の宮福線で、できれば天橋立発16時38分の特急に乗りたい。それを逃すと17時36分発の特急はしだてになる。福知山着18時11分。これでも明るいうちだから、宮福線の車窓を見物できる。

つまり、私にはあと6時間、あるいは7時間半の持ち時間がある。ここで時間をとっても、残りの見物時間を詰めればなんとかなる。1時間半から3時間くらいは待てそうだ。


成相寺行きのバスは運休中……

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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