第402回:弘前名物りんごラーメン - 徒歩 弘前駅-中央弘前駅 -
『あけぼの』の青森着から30分ほど余韻を楽しみ、改札を出ずに奥羽本線の各駅停車に乗った。今回、私たちが使うきっぷは『北東北・函館フリー乗車券』で、すでに自由乗降区間に入っている。たった今寝台車で通った区間を、もう一度普通の電車で通る。しかし、景色は少し違って見えた。個室の窓は小さく、通勤電車の窓は大きい。津軽新城駅に黄緑色の特急電車が停まっている。スーパー白鳥用の789系である。
この電車は、さっきは運行中だと思っていたけれど、よく見ると出番が来るまではここで待機しているようだ。スーパー白鳥の青森県側の起点は新青森駅であるけれど、新青森駅は1面2線しかない。折り返しのために長時間ホームを塞がれては困るから、ひと駅となりに退避してくる。こういうダイヤの工夫は面白い。

弘前駅。今年は弘前城築城400年で、1年を通じてイベントが開かれている
M氏はこの辺りに何度か撮影に来ているようで、おすすめスポット、定番撮影地を教えてくれる。ふむふむと聞いている。「飯を食わせる店がないんだ。駅の近くも国道沿いも」と言う。撮り鉄稼業はサバイバルだなぁと思う。鉄道好きだけど見るだけだ。列車を撮るためには列車に乗らず、レンタカーで移動する。乗るだけの私は気楽である。
弘前は弘南鉄道の拠点である。大鰐線と弘南線がこの街から出ている。しかし、ふたつの路線はつながっていない。弘南線はJRの弘前駅に隣接。大鰐線は少し離れた中央弘前駅が起点である。私が作ったスケジュールでは、今日は大鰐線に乗り、弘南線は明日の乗車とした。これから中央弘前まで移動しなくてはいけない。バスもあるし、ふたりだからタクシーを使ってもいい。しかし、私は歩きたい。事前にインターネットの地図サイトで調べたところ、徒歩ルートで道のりでは1Km余、所要16分という結果が出た。丁度よい。バス停を探す時間を考えれば、バスも徒歩もたいして差はない。貧乏性の私はタクシーは贅沢だと思っている。

2004年に橋上駅舎となり、トレインビュースポットもできた
携帯端末の地図を見ながら、M氏と歩き始めた。M氏は旅先で街歩きをしないらしい。建物を見物したり、看板を眺めたりと、見知らぬ街の散歩は存外楽しいものである。こういうのもいいもんだな、とM氏が言う。M氏は鉄道模型も好きで、模型の建物の参考を探しているようだ。良い感じで枯れた建物を見つけつつ、大きなスーパーの前を過ぎ、郵便局の角を曲がると、女子短大の建物が見えた。しかし学生の姿を見かけない。まだ夏休みかもしれない。
弘前中央食品市場という建物があって興味深い。しかし扉は閉まっている。本当に市場なら終わった時間だし、市場という名前の小売店なら夕刻の開店前だろう。その先に弘前市まちなか情報センターという建物があって、そこで大通りが終わってしまった。この通りが中央弘前駅まで続くと思っていたから、私たちは困った。

弘前を歩く。昭和ドラマのセットのような時計屋があった
まちなか情報センターで教えてもらおうと思ったけれど、ひっそりしている。そして、こういう時に限って人通りは少ない。携帯端末で地図を見たけれど要領を得ず。迷いつつも歴史のありそうな教会を見つけて、由来書などを読んでみたりする。その先の角の細い道から、タクシーがどんどん現れる。これは怪しい。こっちに何があるのだろうと、タクシーの流れに逆らって歩くと、そこに中央弘前駅があった。平屋だから遠くから見えなかったわけだ。佇まいは大店の青果店のようでもある。寒い土地の古い建物だから、大きさのわりに間口が小さい。

1921年に建てられた弘前昇天教会
明治村に保存されている教会と同じ人が設計したという
駅を見つけたら安心して、安心したら腹が減った。ちょうどお昼の時刻である。次の電車は12時30分。あと30分で昼飯を済ませたい。駅前には小洒落た食堂もあり、少し歩けば他にも店はありそうだ。もっとも、30分では探すヒマはない。私たちは駅舎に併設されているラーメン屋に入った。ラーメン屋、と書いた理由は『ラーメン』という幟があったからで、中には入ればカウンターが中心の居酒屋のようであった。夜はそういう機能も兼ねていると予想する。駅も居酒屋も存在感があり、どちらが店子かわからない。

中央弘前駅。街の真ん中にひっそりと佇む
私たちはカウンターの中央に並んで座った。右側では老婆がラーメンを啜っている。左側には地元のオジサンがふたり、何やらのんびりしている様子。典型的な田舎の社交場である。カウンターの中に年配の夫婦がいた。さて、何にしようかと壁のおしながきを眺めている。ゆっくり品定めをする時間は惜しいから、普通のラーメンにしよう……と思ったら、M氏が「りんごラーメンってのがある」とつぶやいた。
私はすかさずカウンターの中の人へ「りんごラーメンってなんですか?」と訊ねた。おばさんが、よくぞ聞いてくれたとばかりに説明してくれた。麺にりんごを煉り込んでいるという。この地域の製麺所しか作っていないそうだ。話の種になるだろうと、私たちはそれを注文した。主人がキビキビと動いて調理を始める。
りんごラーメンはすぐに出てきた。透き通った縮れ麺で、ごく普通の醤油ラーメンに見える。しかしチャーシューの隣にもうひとつ、ドライフルーツのりんごの輪切りが乗っており、甘酸っぱい香りがする。その香りが強くて、麺に煉り込んだというりんごの風味はわからなかった。ほのかにりんごの甘酸っぱい香りがあるほかは、正統派の醤油ラーメンである。汁も麺も美味かった。

これがりんごラーメン。りんごが上品な酸味を出している
左側の常連客たちから声がかかる。どこから来たんだね、というようなことを言っているようだから、東京からだと応える。いつ来たんだ、どこに泊まるんだと質問攻めにあう。弘前といえば桜が有名だけど、季節外れの時期は観光客が少ないらしい。いや、多少なりとも新幹線のお陰で観光客はいるだろうけど、中央弘前駅の辺りはどう見ても地元の生活圏で、余所者は少ないかもしれない。
いろいろと訊ねられたけど、実は意味を把握できないでいる。ここは日本で最も難解とされる津軽弁のエリアであった。M氏が箸を止めて相手をしているうちに、私は黙々とラーメンを平らげた。
-…つづく
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