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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第431回:対岸のモノレール - 天橋立ビューランド -

更新日2012/07/19



餓死寸前の修行僧が、夢か現か、目の前に倒れていた鹿の足を鍋で煮て食べて助かった。後日、この寺の本尊の足が剥がれ、破片が鍋の中から見つかる。それを知った修行僧は本尊の慈悲と知り、鍋の破片を本尊の足に合わせたところ、元に戻った。これが成相寺の由来だという。

田舎のバスによくあることで、帰りも同じ運転士だった。美しい五重塔を指さして、あれは寄付を募って15年くらい前に建てたんだという。中に入れるかと聞けば、「ありゃ見るだけだ。日本の法律は木造5階の建物を使っちゃいけないことになってるから」と言った。あれだけの建物を見るだけとはもったいない。おっと、また貧乏性が出てしまった。


帰りはリフトで

笠寺公園から降りる時はリフトに乗った。鉄道好きとしてはケーブルカーを選ぶべきかもしれないけれど、私の好奇心は「行きと帰りは変化を付けよ」を励行している。実際、下りのリフトはおもしろい。ガラスに囲まれた車両の中よりも開放感があるし見晴らしもよく、ちょっとしたスリルもある。ここから転げ落ちたらどうなるだろう、などと想像し、足をぶらぶらすると、怖さと別の好奇心で血圧が少し上がる。

地に足がついたところで安堵し、こんどは地面と仲良くなりたい。フリーきっぷで船に乗ればおトクだけれど、天橋立に来たと実感するなら、ここは歩いて渡る。リフトを降りて、そのまま直進。なんだ、籠神社を通らなくても、こちらからケーブルカーの駅に到達できたようだ。ただし、土産物屋が賑やかに声をかけ手招きする。これはこれで苦手である。そもそも売り物が干物ばかりで逃げ出したくなった。


天橋立を歩く

キャスター付きの鞄の脇からバンドを出せばリュックと化す。便利である。登山者のようにも見えるけれど、この先は天橋立。天には登れぬ平坦な砂洲であった。私の他にも歩いている旅人が多い。自転車もいる。レンタサイクルが、橋立のどちらかで乗り捨て可能な制度とは後で知った。

旅人だけではなく、犬を散歩させている人もいれば、自転車通学らしき高校生とすれ違う。天照大御神の行き来した道も、地元の人にとっては海岸周りよりも近道、という役回りのようだ。実際、クルマより早く対岸に行けそうである。犬の散歩はちょっとうらやましい。留守番させている犬も、景色の良い場所に連れて行きたい。ああもちろん、留守番を頼んでいる母も。


天橋立神社

天橋立は松林が続く。歩いているだけで心地良いけれど、形の良い松を選んで名前が付けられている。里帰りの松、双竜の松、しかしどちらも台風などの被害で倒れたり枯れたり。里帰りの松は新たな苗木が植えられている。双竜の松は枯れ姿のまま。これだけではなく、2004年の台風で、247本の松が倒れたと書いてある。すると今の松林は、どこかから木を持って来て、再生したというわけか。

さらに進むと真っ直ぐな倒木……と思ったら、軍艦春日に搭載されていた大砲の砲身だった。どんな由来でここにあるかわからない。その先には天橋立神社、砂洲にしては珍しい井戸もある。歩けばそれなりの見ものもある。


回旋橋を渡る

船から眺めた回旋橋を渡り、人々の流れについていくと大きなお寺があった。臨済宗、智恩寺。本尊は文殊菩薩。文殊菩薩は知恵の修行僧。三人よれば文殊の知恵の語源である。ああそうか、だからこのあたりは文殊地域と呼ばれるのだ、と今さら気づく。自分はもう知恵がつきそうにないけれど、なんだか有り難そうだし、対岸の成相寺に賽銭をあげて、こっちを素通りするわけにも行かぬ。形ばかりのお参りをして引き返す。


知恩寺

コンビニで昼食代わりのパンを買い、こちら側のケーブルカーを尋ねると、天橋立ビューランドの入場割引券をくれた。ケーブルカーのきっぷと入場券を兼ねているらしい。大分のラクテンチのようなものだ。その券面に略地図があった。北近畿タンゴ鉄道の踏切を渡り、駅を見やればJRの特急が入線していた。良い天気である。観光客も多かろう。

コンビニではケーブルカーと言ってしまったけれど、正しくはモノレールである。いや、スロープカーと言ったほうがいいか。つまりは、嘉穂製作所の小型モノレールだ。鉄道のようでいて、法律的には鉄道扱いにはならず、有料の斜行エレベーターともいえる。五能線のウェスパ椿山、東京の飛鳥山公園にもあって、鉄道ではないけれど面白い。立ち寄れるなら乗ってみたいという意識がある。


モノレール乗り場はロッジ風

ここは天橋立まるごとフリーパスの対象外だからきっぷを買う。念のため「これ使えないよね」と差し出すと、150円の割引になるそうだ。850円が700円。ジュース1本分トクをした。だからペットボトルのお茶を1本買った。ちょうど喉が渇いたところだった。

モノレールは2台連結タイプだ。帰りはリフトに乗るつもりだから、最初で最後の乗車である。前後のどちらかで迷いつつ、前の車に乗った。後ろ向きのほうが景色がいいと判っているけれど、鉄道っぽい乗り物は前向きで乗りたい。私の前後の人々は見晴らしを選んで後ろに行った。だから前の車両の人数が少ない。前面展望を確保できた。


モノレールで展望台へ

天橋立ケーブルはほぼ一定の角度で上った。こちらは勾配に緩急があってちょっとだけ楽しい。ちょっとだけという理由は、ケーブルカーのようなすれ違いがないからだ。モノレールは単純に往復するだけである。でもケーブルカーより力強くて早いから、それで充分らしい。

天橋立ビューランドはちょっとした遊園地になっている。展望台にはレストランが隣接しており、観覧車やゴーカートなど乗り物もある。豆汽車が気になったけれど、園内は親子連れが多く、あの行列に並ぶ心境には至らなかった。レストランでちゃんと飯を食おうかとメニューを見て、宮津風ソースカツ丼に注目する。しかし残念なことに、カツの中身は肉ではなくアサリであった。宮津風とはアサリのことか。


飛龍観とモノレール

展望台から飛龍観の天橋立を眺め、股のぞきする人々を眺め、予定通りリフトで降りた。足元にうっすらと雪が積もっている。晴天の14時である。それでもまだ融けてくれない。


リフトの中腹で上りのモノレールとすれ違う。乗客と互いに目が合いそうになり、互いにそっと逸らす。こちらのリフトが一人乗りで良かった。二人乗りにひとりで乗っている姿は寂しい。

ほとんど一人旅だから気にしないとはいえ、ときどき安芸の宮島のロープウェーを思い出す。すれ違いざまに子供が
「あっち、おじちゃんかひとりで乗ってる!」
と言った。ひとりで観光地にいると、ときどきあの声が聞こえる。


やっぱり帰りはリフトで

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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杉山 淳一 著(リイド文庫)


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