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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第417回:サファリ・トレイン - 鹿島臨海鉄道鹿島臨港線2 -

更新日2012/04/12



進行方向に向かって右側の席に座った。こちら側から鹿島神宮駅へ向かう線路が見えるはずだ。カメラを動画モードにして窓辺に置く。線路が分岐して現れ、しばらく並んでいたかと思うと少し離れ、藪の中に消えていった。いよいよ貨物専用線に入ったな、と実感できた。


旅客営業線が離れていく

臨海鉄道の工業地域へ向かう路線だから、いきなり工場が並ぶかと思っていた。しかし実際の風景は緑の中で住宅も多い。田畑もある。工業地帯と言うよりも、宅地開発が始まった都市近郊という趣である。工業地域と鹿島サッカースタジアムを結ぶ路線というだけで、工業地帯はまだ先のようであった。道中は意外にも、のんびりした風景である。

そしてこの路線は僅かながら旅客営業した時期もある。1978年から1983年まで、鹿島サッカースタジアム駅から15km先の鹿島港南駅まで、旅客列車が3往復していた。私が中学生の頃で、そういえば時刻表の巻頭地図に北鹿島 - 鹿島港南の路線があった。


貨物線沿線は意外と人の生活感がある

鹿島臨港線の旅客列車は、成田空港に燃料を輸送するにあたり、地元を説得するために運行されたらしい。しかし利用者が少なくて長続きしなかったようだ。沿線の家を見ると、駅を作れば列車に乗ってくれそうだかななあと思う。工場に向かう路線なら、鶴見線や名鉄築港線のように通勤客で大混雑しそうだけれど、鹿島の人々はクルマやバスを使うのだろうか。これだけの規模の工場なら、きっと会社が送迎バスを仕立てるだろう。

踏切を通過した。ドライバーは驚いているだろう。貨物列車が来るかと思えば赤い旅客列車である。そのクルマの列の向こうに、2両編成のタンク自動車がいた。養鶏業者の飼料運搬車だ。穀物加工場も近くにあるのだろう。工業地帯らしい珍しい自動車だと思う。車窓右側に目を向ければ、赤白に塗られたガントリークレーンが見えてきた。コンテナが並ぶところがあって、進路が左へ90度かわり、こんどは右へ90度。線路がいくつか分岐して、広い構内になると、そこが神栖駅である。


飼料運搬の連結トラック。フルトレーラーというらしい

鹿島臨港線は鹿島サッカースタジアムと、そこから19km離れた奥野谷浜駅を結ぶ路線である。しかし今回の体験列車は、この神栖駅で折り返す。鹿島サッカースタジアム駅から約10kmの地点、全線の約半分である。鹿島港南にも行かないから、若い頃乗りそびれた路線を踏破という気分でもない。それでも、ふだん乗れない列車の車窓を楽しめる。ありがたい。

去年までは神栖駅の外に出られたらしい。しかし今回は列車から出られないと告知されている。駅の外はまだ被災箇所、危険にところが残っているのだろうか。残念である。が、理由のあることなのだろう。停車時間を長くとってくれたから、列車の窓から神栖駅構内を見物である。サファリパークのバスの中のようでもある。獲物は動物ではなくコンテナとなる。そういえば神栖駅付近は家畜の飼料工場が多い。


工場地帯らしい景色になってきた

左側は貨物ヤード。コンテナを載せる台車のコキ200形、コキ104形などが並んでいる。いまはなんでもコンテナ方式になっていて、真四角な有蓋コンテナだけではなく、タンク型のコンテナもある。JRと書かれたコンテナはJR貨物が保有し、荷主に貸し出すコンテナである。JOTという文字が書かれたコンテナはジャパンオイルターミナルが所有する。タンクだけではなく、四角いコンテナもあった。一斗缶のようなパッケージ製品を積むのだろうか。


神栖駅に到着

JRコンテナはほぼ正4面体だが、1.5倍ほど長いコンテナもある。あれは20フィートコンテナで、船舶輸送に対応するタイプである。タンク用も四角い柱に囲まれている。列車の輸送だけなら不要なフレームだが、船舶では上下に重ねるし、左右の揺れでぐらつくから、四角い構造を良しとするのだろう。


まだ線路は続くけど列車はここまで

いちばん奥の線路の貨車が動いている。動く先に機関車がいた。鹿島臨海鉄道のKRD64形だそうで、2両が活躍しているという。国鉄のDD13に似ている。しかしパワーも重量もひとまわり上とのこと。560馬力のエンジンを2台積んでいる。そういわれても、どのくらいパワフルかよくわからない。DD13は当初は300馬力、のちに500馬力のエンジンを積んだ。


鹿島臨海鉄道オリジナル形式の機関車

ところで、私のクルマのエンジンは220馬力である。クルマと機関車の馬力は同列で比較していいものかどうか。水1kgと綿1kgは同じ重さだという。ものさしが同じなら、機関車の560馬力2台とクルマの220馬力1台をどう比較しよう。長大なコンテナを牽く機関車は意外と馬力が低いとみるべきか、いや、相対的に小さな車体で、しかもたいていは私しか乗らないクルマの220馬力は過剰かもしれない。

後部運転席に行って後ろを見ると、スマートな姿の気動車が停まっている。7000形といって、観光輸送目的の車両である。かつては『マリンライナーはまなす』という列車に使われていた。現在は沿線のイベントに合わせた臨時快速とか、正月の参詣輸送に駆り出される程度だという。もったいない。今日の列車に使ってくれたら良かったのに。


観光用車両も留置されていた

こんどは前方運転台に行ってみる。さっき動いていた機関車が、貨車を率いて奥へ進んでいた。この先にまだ線路があるから、そっちへ行くのかと思ったら、一旦停止したあとで逆向きに戻ってきた。入れ替え作業をしていたようである。こんどは私達の列車の隣に進入している。それを合図としたかのように、私達の列車も動き出した。進行方向が逆転している。私達にとっては帰り道である。

あ、そうか。

本来、あの貨物列車は、私達がいた列車の隣が定位置だったのである。今日は私達の見学列車が構内に入ったため、見晴らしを良くするためにもっとも奥の線路に退避してくれていた。だから、私達の退場とともに、本来の線路に戻ったのだろう。

駅の外には出られないけれど、せめて風景を楽しんでもらいたい。そんな鹿島鉄道の「おもてなし」であった。デジタルカメラのズームモードで、機関車の動きを追ってみた。貨車を所定の位置に押し込んだ機関車が切り離されて、私達の線路の延長線上に停まった。

真正面に機関車がいる。私達がいた線路に入るために待っている……と思うけれど、私達を見送ってくれるようでもある。ありがたい。私はカメラをバッグにしまい、手を合わせたくなった。鹿島鉄道の人々は、訪れるファンに貴重な姿を見せて、満足して帰っていただくようにと心配りをしていた。それはまさしく御開帳の精神であった。


さよなら神栖駅

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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