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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第436回:岸壁の母、その旅路 - 舞鶴線 -

更新日2012/08/23



綾部駅08時02分発の東舞鶴行きに乗った。さっきと同じ223系であった。新しい電車のほうが乗り心地は良いけれど、さっき見かけた113系にも乗ってみたかった。あの電車はもう東京近郊には走っていない。


舞鶴線に初乗り

綾部駅を発車してしばらく進むと、山陰本線が右へ分岐していく。こちらが直線で、あちらが曲線だから、こっちが本線のようでもある。歴史上はその通りで、福知山、綾部、舞鶴を結ぶ路線が阪鶴線として開業し、京都側は京都線として延伸し接続され、のちに山陰本線としてまとめられている。


山陰本線が分岐していく

舞鶴は日本海軍の拠点港であり、その舞鶴と大阪を結ぶ鉄道は国にとって重要な幹線だった。地図を見ると、綾部、東舞鶴、小浜、敦賀は1本の路線に見える。東舞鶴駅を境界とせず、こちらも「綾敦線」にまとめてよさそうに思う。独立した路線名を保つ理由は、やはり舞鶴港にあるのだろう。日本海の防衛を支えた歴史があり、今後、またその役割を持つかもしれない。小浜線と収支をまとめて「利用が少ないから廃止」というわけにはいかない。もっとも、ローカルな小浜線にも独自の存続理由がある。それは小浜線の項で触れる。

電車は由良川を渡った。この川の上流は南にあり、山陰本線と絡んでいく。こちらの景色は雑木林が主で、左手はときどき数軒の民家の群れを見かける。左手は国道に沿っているから建物が多い。少し上り勾配だったあとは平坦な線路。カーブも緩やかで、重量のある貨物列車を走らせようとした線路である。


由良川を渡り……

渕垣で乗客の半分が降りた。こんな小さな駅で、と思ったら、駅を出て右側にオムロンの工場が見える。駅付近、左手の少し離れたところにも工場があるようで、地図を見ればカルビー綾部工場、カワイ電気京都工場、片山化学工業綾部工場が並ぶ。綾部はグンゼだけの町ではなかった。しかし駅から離れているから、ほとんどの人々はクルマで通うのだろう。

由良川の支流を左に見つつ、京都縦貫自動車道をくぐり、梅迫駅に着く。梅が迫ると書くけれど、梅の花は見えない。福知山の地裁前の梅は満開だったから、駅付近に梅の木はないようだ。この駅は貨物の取り扱いがあったそうだが、1999年に廃止となっている。1999年はカルビー綾部工場ができた年である。工業団地を当て込んで貨物の扱いを掲げてみたものの、顧客は獲得できなかったらしい。軍事物資を運べる丈夫な線路があるというのに残念である。


谷間を進む

渕垣から梅迫までは短かったけれど、梅迫から真倉までの駅間は長い。この真倉で3分ほど停車し、対向列車の到着を待つ。普通列車が来たな……と思ったら、あちらは通過してしまった。真倉駅は谷間にあり、付近に民家は少ない。1日平均の乗車客は10人程度だという。時刻表を見ると、普通列車の半分くらいが通過している。もともと列車のすれ違いのための信号場だったのかもしれない。

人里離れた真倉駅を発車して、1分ほど走れば土地が開けて建物も増える。ここからが舞鶴の市街地だ。車窓左手、中学校の向こうから別の線路が近づいてくる。昨日、2往復もした北近畿タンゴ鉄道宮津線であった。車両基地も昨日と変わらぬ佇まい。08時26分に西舞鶴駅に到着。


由良川の支流に沿っていく

発車まで7分ほどの待ち時間である。東舞鶴発京都行きの特急まいづる4号の到着を待つ。乗車口の案内放送で、駅員が「アイスクリームの自動販売機付近で」と何度もいう。たいていは柱の番号や、ホーム上に書かれた表示を目印にするけれど、アイスクリームの自販機とはユーモラスである。食べたくなってしまうではないか。しかしもう発車の時刻であった。

JR西日本の新鋭287系電車が来た。この列車は綾部で特急きのさき8号と連結する。その綾部で進行方向が変わるせいか、ほとんどの座席が後ろ向きだった。特急とほぼ同時にこちらの電車も動き出した。ホームを眺めていたら、たしかにアイスクリームの自動販売機があった。


西舞鶴駅、三度めの訪問

東舞鶴駅までの所要時間は7分。どちらも舞鶴港の最寄り駅だけど、少し離れている。これは舞鶴港、いや、舞鶴湾の構造によるものだ。舞鶴湾は地図で見ると左を向いたプードルのような形をしている。頭の部分が海と接しており、金ケ岬と松ケ崎に挟まれている。首輪のペンダントのあたりに戸島があって、犬の前足部分が西舞鶴港、後ろ足部分が東舞鶴港となる。犬の腹に当たる部分は自衛隊の施設がある。

地図を見ると、犬の尻尾に当たるところに引揚記念公園がある。終戦後、大陸からの引揚者や軍人はこの港に帰ってきた。有名な歌謡曲『岸壁の母』の岸壁が舞鶴港で、歌詞にも「港の名前は舞鶴なのに」とある。モデルとなった端野いせは、ここで息子の生還を待ち続けた。


東舞鶴駅構内の跡地

いせは舞鶴に住んでいたわけではなく、東京からここ舞鶴に通っていた。なんと、東京の居住地は私と同じ大森で、地番は私が何度も立ち寄っているガソリンスタンドの近くである。当時の建物ではないにしろ、今も民家が建っている。あそこから舞鶴港へ通ったのか。大森から舞鶴へ。新幹線も夜行バスもない時代、通うとすれば普通列車であろう。こんどこそ逢えるかという期待で汽車に乗り、また駄目だったという落胆で帰る。その6年間、いせは和裁を生業としていたという。

東舞鶴駅は高架駅だった。1996年に建て替えられ、駅周辺も整備され、引揚者で賑わった当時の面影はない。島式ホーム1面の両側に線路が2本。線路はつながっているけれど、ホームの中央が舞鶴線と小浜線の境目で、短い列車を4本停められる。コンパクトで機能的、模型や玩具で簡単に再現できそうだ。


高架駅に到着

地上時代の駅舎は、天皇陛下や軍や政府の要人も訪れるため、貴賓室も備えた立派な建物だったという。当時の構内は駅本屋側に片式ホーム。2番線と3番線が島式ホーム、それから11本もの留置線があった。

その跡地のロータリーに私は立ってみた。見渡せば高層マンションが二つ、振り返れば大きなショッピングセンターもある。あの時代の喜びも悲しみもすべて風化し、あるいはアスファルトとコンクリートで塗り固められ……。舞鶴港に行けば、もっと違った感想があったかもしれない。


東舞鶴駅に佇む

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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