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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第411回:せり上がる水平線 - スロープカー しらかみ号 -

更新日2012/03/01



ウェスパ椿山は1995年にオープンした。リゾート法に基づく観光開発ブームの頃に立案され、何もないけど景勝地という場所に宿泊施設を作り、JRもタイアップして五能線に駅を作った。大都市近郊の住宅開発のような手法で、鉄道を巻き込んだ開発を実施した。ところが皮肉なことに、完成した頃にはバブルが弾けてしまった。

バブル崩壊とともに破綻したリゾート施設はいくつもあるけれど、ウェスパ椿山にとっては五能線の人気が幸いした。もともと五能線は車窓の景色が良いと評判の路線で、鉄道ファン以外の旅行者にも人気があった。津軽鉄道から流れてくる旅行者も多い。しかし、五能線には列車を降りて楽しむ場所がなかった。そんな状況でウェスパ椿山が生まれ、途中下車地として機能している。当初は観光列車『リゾートしらかみ』しか停車しなかったけれど、現在は普通列車も停車する。


スロープカー「しらかみ号」

鉄道ファンにとってウェスパ椿山が注目されたきっかけは、展望台へ向かう "スロープカー" だ。小さなモノレールのような乗り物で、従来はケーブルカーが敷設されそうな場所に作られている。制作している会社は福岡県の嘉穂製作所。現在は東京の飛鳥山公園や天橋立など全国に作られているけれど、初めて広く認知された場所がウェスパ椿山の『しらかみ号』だった。

しらかみ号は「五能線に乗りに行ったら妙な乗り物を見つけたぞ」と、鉄道ファンに口コミで広まった。しかし、興味を引いた反面、これは鉄道か否かで乗り鉄たちは悩んだ。鉄道なら、私のように全国の鉄道路線を制覇する趣味がある者たちにとって、乗車対象に加えなくてはいけない。結論としてはこの施設は鉄道事業ではなく、ビルの展望階へ行く有料エレベーターという扱いになるという。

鉄道ではないけれど、鉄道っぽいし、観光地にあるスロープカーは景色も良い。だから私もなるべく乗りたいと思う。もっともスロープカーの全路線踏破は難しい。なぜなら、嘉穂製作所は坂の途中にある大邸宅や旅館、ゴルフ場にも納入しているからで、ふらりと立ち寄っても乗せてもらえない。そういう意味では鉄道事業ではなくて良かった。


8600形蒸気機関車。復活運転する動きもあるという

しらかみ号の乗り場は土産物屋の裏手にあって、ひっそりとしていた。切符を売る窓口がどこかわからない。売店の勘定場に行くと、そこで販売していた。チケットを購入しようとしたらM氏がいない。土産物屋を出て見渡すと、駅前広場の隅に展示されている蒸気機関車の写真を撮っていた。10分ほど時間があるので私も機関車を見物した。8620形といって、国産初の炭水車付き蒸気機関車だ。1924年日立製作所製。JR九州がお金をかけて復活運行している機関車と同型である。

出発時刻になったから、スロープカーの乗り場に行く。しらかみ号の料金は往復と展望台の入館料がセットで大人400円。観光地のケーブルカーに比べるとかなり安い。設置や保守のコストが低いのだろうか。もうすこし欲を出しても良さそうなものだ。夏休みが終わったシーズンオフ、荒れ模様の天気だからだろうか。ウェスパ椿山は全体的に人が少ない。


車体の割にレールが細い

白い車体に、窓周りを青く塗られた車体に乗り込む。2両連結で、1両あたり定員20名。私たちは先頭側に乗った。乗客は私たちのほかに老紳士二人組だけである。後ろ側にはカップルが二組乗っている。係員は私たちの車両に乗っている。もっとも、法的にはエレベーターという通り、運転はボタンをひとつ押すだけである。係員の役目は主に案内役だ。

ケーブルカーはロープに引っ張られて前後にふわふわとするけれど、こちらはギザギザのレールに歯車をかませて走る。レールは細く、乗り物は大きいから、なんとなく心許ない感じである。しかし動き出すと、多少の揺れはあっても、意外にしっかりとしていた。ケーブルカーより急な勾配をぐいぐいと上っていく。


水平線がせり上がってくる

白神山地の説明などを聞き流しながら、緑の景色を上っていく。景色の見え方は不思議なもので、海から遠ざかっているというのに、水平線はせり上がってくる。リゾート施設の建物は小さくなる。妙な遠近感である。それだけ海は大きく広いのだ、と思って納得する。所要時間は約10分。やっぱりモノレールのような乗り物であった。


これでもエレベーター扱いだろうか……

日本の鉄道にすべて乗り終わったしまったら、こういう乗り物を巡る旅をしたくなるだろうか。民家のスロープカーは乗せてくれるだろうか。いやまてよ、民家に設置できると言うことは、一儲けして家を建てたら、自分専用のスロープカーを買えるわけだ。そう思うと愉快である。いや、私にはそんな財産も甲斐性もないけれど。


頂上"駅"に到着

私たちは促されるまま展望台に上がり、日本海の景色を眺めた。雲が垂れ込め、強い風が吹いている。爽快、というわけではないけれど、白神山地とブナの原生林の様子はよくわかる。あんなところに迷い込んだら活きては出られないだろうな、と思ったら背筋が震えた。いや、きっと風で体が冷えたのだろう。


展望台からの眺め

展望台を降りて、そのとなりに立つ風力発電の風車を見上げる。強い風が吹いているから、さぞかし大電力を発生しているだろうと思ったら、風車は停止していた。風が強すぎるときは安全のため停めるそうだ。風が吹けばいい、というものでもないらしい。エコ電力も難しいものである。


ハイテク同士? の並び

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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