第425回:冷たい兵庫県区間 - 北近畿タンゴ鉄道 宮津線1 -
今回の旅はどこに泊まるか少し悩んだ。北近畿タンゴ鉄道に乗るなら、福知山、豊岡、天橋立、西舞鶴あたり。天橋立は著名観光地だけあって宿代が高い。駅前ビジネスホテルもなさそうだ。旅館にはひとりで泊まりづらいし、魚嫌いの私にとって、日本式の食事付き宿は相性がよくない。
北近畿タンゴ鉄道の路線は横棒が宮津線、その真ん中から南へ降りる縦棒が宮福線である。丁の字に路線がつながっている。どう乗れば効率がいいか。山陰線を合わせて「の」の字にすれば一筆書になる。しかし、山陰線のきっぷを別に買わねばならぬ。北近畿タンゴ鉄道の一日乗車券を使うから、北近畿タンゴ鉄道の路線内で移動したい。そこで、宿の安さも加味して、豊岡と福知山のビジネスホテルを予約した。どちらも、二度と泊まりそうもない町である。
夜明けの豊岡駅。もう訪れることはない街のひとつ
豊岡駅で決めたホテルは駅から少し離れていた。昨夜、駅からホテルまでの道は大粒の雪が降っていた。部屋に荷物を置き、数センチの積雪を踏みつつ駅前に戻り、但馬牛の牛丼定食を食べた。美味かったが盛り付けは上品で、肉を食べたという実感に乏しい。カロリー制限中の身だから、それでも丁度良いといえた。腹が膨れて眠気を催し、ふらふらとお宿に戻って、21時過ぎにはベッドの上。始発から列車に乗るから、旅先では必然的に朝型になる。ホテルは寝るだけだ。
今朝は5時にぱっちりと目覚めた。外はまだ暗かった。支度を整えて部屋を出て、フロントに置いてある箱のなかに部屋の鍵を放り込む。安ホテルの宿代は前金が原則で、昨夜済ませている。非常口のドアを開ける時、もう一度荷物と服を確認した。この非常口は外からは開かない仕掛けになっている。一晩で、雪は小雨に変わったようだ。
北近畿タンゴ鉄道の駅は隅っこにある
豊岡駅舎が闇に浮かび上がっている。山陰線のホームに新大阪行きの特急こうのとりが待機中だ。その姿を横に見て、端にある北近畿タンゴ鉄道の駅舎にたどり着く。05時40分。小さな駅舎の事務室は暗い。始発から窓口が開かない。窓口営業は08時から17時40分とある。それはちょっと困る。一日フリーきっぷを買えない。このきっぷは窓口のみの販売で、車内では買えない。昨日、福知山駅で乗り換えるときに、北近畿タンゴ鉄道の窓口で買っておくべきだった。私は後悔した。
駅舎の明かりはあるが窓口は無人
きっぷの自動販売機が煌々と光っている。そこにフリーきっぷはない。西舞鶴駅まで1,680円とある。フリーきっぷは3,000円である。今日一日のきっぷ代が4,680円になる。手痛い出費。しかし北近畿タンゴ鉄道は赤字に悩む会社でもある。兵庫県からも見捨てられ京都府から求められた補助金を出し渋られている。これは寄付金だ。貧乏同士で助けあおうと割りきった。
きっぷを買おうとしたら、使える札は1,000円まで。釣銭の補充額が増えるから万札に対応しないのだろうか。ますますいじらしくなってくる。しかし運が悪いことに、私はいま万札しか持っていない。車内で整理券を取るしかなさそうだ。いやまてよ、西舞鶴で清算するとき、差額でフリーきっぷに替えてくれるかもしれないな、という淡い期待もあった。
待機中の気動車。始発の発車時刻だが動き出す気配がない
ホームに行くとディーゼルカーが停まっている。客室に明かりが灯っているけれど、乗務員の気配がない。私が乗る西舞鶴行きは06時03分発。この車両かもしれない。しかし、その前に05時42分発の福知山行きがあるはずだ。その始発列車の出発を確認できなかった。もう05時50分である。変だな……と思ったら目の前の車両が少し動いて、また停まった。調子が悪そうだ。もしかしたら運休か……と最悪の事態も予感した。
ホームの先が乗り場だった
いや、違った。周囲が明るくなって構内が見渡せるようになると、乗り場はホームのずっと先の方にあった。駅舎の近くは車両の待機所であった。福知山行きは私が見えないところですでに発車していたらしい。始発に乗る予定だったら乗り遅れていた。明かりのついた車両が前に進み、乗り場に停まった。2両編成。前が西舞鶴行き。後ろは福知山行き。雪の勢いが増している。西舞鶴行きの客は私だけだ。
発車間際に明るくなった
転換クロスシートがずらりと並ぶ。席を選び放題で、かえって戸惑う。運転台の後ろは暗幕が降りている。雪で前方は見渡せないだろう。私は中央の座席を選んだ。前の席の背もたれを向こうへ倒せば4人分の席をゆったり使える。しかしそれは遠慮した。赤字路線とはいえ、朝の列車は通学客などで混雑するものだ。地方鉄道を侮ってはいけない。
転換クロスシートの車内。貸切だ
静寂な街にエンジン音を響かせて、ディーゼルカーは兵庫県豊岡市を出発した。窓の雪の流れ跡が、縦から斜めになる。すぐに広い川を渡る。一級河川の円山川。但馬国に潤いをもたらした恵みの源である。山陰本線は円山川沿いに北上して日本海へ、宮津線は円山川を渡って北東の丹後半島へ。鉄橋の先でトンネル。山間部に突入した。こちらのほうが道は険しい。それだけに景色はよさそうだけど、それも序盤だけ。いよいよ見どころ、というあたりでトンネルになる。
円山川を渡る
一つ目の駅は丹後三江、乗降客はなし。ここからどんどん山の中に入っていく。二つ目のトンネルが兵庫県と京都府の県境になる。北近畿タンゴ鉄道は第三セクター鉄道としては最も経営が厳しく、沿線の大半を占める京都府が年間5億円の支援をしている。兵庫県は当初合意した負担金の満額を拠出していない。宮津線のなかでも末端ともいうべきこの区間で、兵庫県が存続に乗り気ではないという気持ちも察しがつく。
雪山に向かって走る
宮津線の天橋立 - 豊岡間はもっとも乗客が少なく赤字も大きいとし、2011年9月までに存廃を含めた判断を出すと報じられた。これが私をこの地に急がせた理由であるけれど、それから半年たって、続報がない。今年度の決算を経て、6月あたりの株主総会で何らかの発表があるのだろう。
雪の降りしきる中、列車は県境の長いトンネルに入った。今日は景色も見通しが悪く、トンネルに入ればお先真っ暗であった。
-…つづく
|