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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第439回:原子力発電地帯 - 小浜線 小浜―敦賀 -

更新日2012/09/14



小浜駅といえば、アメリカ大統領選挙のオバマ騒動を思い出す。発音が同じというだけで小浜の人々が盛り上がり、大統領就任式にも押しかけようとして、さすがにそれは断られた。そこには政治信条はまったくない。おめでたい話である。

あれからもう4年が経った。さて、その余韻は……あった。オバマまんじゅう、オバマせんべい……。イラストはオバマ大統領の後頭部がモチーフだろうか。もっとも、コミカルすぎて、オバマ大統領のものまね芸人に似ている。今年は大統領選挙があり、オバマ氏も出馬するようだ。オバマ市にとって、またお祭りがやってくる。


小浜駅。オバマ土産はキヨスクにある

小浜駅11時58分発の敦賀行き。車両は先程と同じ125系。隣の線路にも同型車が並ぶ。銀色のボディ、エメラルドの帯にブラックフェイス。あらためて見ると精悍な顔つきをしている。そしてホームには大勢の人々が待っている。舞鶴よりも、敦賀に用のある人が多いらしい。意外と言っては失礼だけど、活気のある光景だ。

敦賀までの運行本数は1時間あたり1本で、日中は2時間ほど間隔が開く。125系は両側に運転台があるから、1台ずつ30分間隔で走らせたらどうかと思う。ダイヤを見れば、朝は30分間隔になっている。単線だけど、列車のすれ違い設備はある。それを使わないということは、日中は1時間に1本がちょうどいいという規模なのだろう。


2両の電車が満席になった

電車は内陸に進路を向けて谷間を行く。敦賀へは海沿いのほうが短絡できるけれど、海までせり出した山のおかげでトンネルばかりになるし、人口は少ない。山間を行けば川沿いに集落があり、川が合流するところは農業も栄えている。迂回して、こうした町をひとつひとつ経由する。近代の日本に作られた典型的な路線である。

もう海は見えない。遠くに雪をまぶした山並みがある。ほとんどのお客さんが敦賀へ行くと思ったら、谷間の町の上中駅と、そこから北に進路を向けた若狭有田でかなり降りた。地図を見ると工場がいくつかある。若狭テクノバレーという工業団地で、山中の良い水と小浜原発の電力優遇によって成り立っているようだ。その工場のひとつが「おたべ」だ。良い水に加えて、福島産のコシヒカリを原料とするため、ここに自家製粉設備を作ったそうだ。


雪を被る雲谷山、その手前にも小浜線の線路がある

次の大鳥羽駅も利用者が多い。そうわかる理由は駅前に屋根付きの自転車置き場らしき建物が見えるからだ。その壁に「共名の鳥」の壁画と説明書きがある。インドに伝わる架空の鳥で、人間の頭をふたつ持つ。それはそれは美しい鳥だった。しかし、頭のひとつは考えた。「もっとも美しい鳥はどちらだろうか」いや「もうひとつの頭を殺してしまえば、私がもっとも美しいということに」。そこで頭は相棒の頭を騙して毒を盛る。相棒は死んだ。しかし、同じ身体であるから、やがて毒は自分にもまわり、苦しんで死んでしまう。車内からはそこまで読めた。その先があって、この話を教訓として考えよう、というように続いているようだ。

遠くに置けば大丈夫……と原子力発電所を作ったけれど、所詮はひとつの島国、ひとつの海、ひとつの星。毒はやがてすべてに回る……という解釈は穿ち過ぎだろうか。いや、原発を毒と言い切ってしまっては、原発を迎え入れた地域の人々に申し訳ない気持ちもある。毒は密閉すれば安全で、その安全は誰が維持するのか……という話であるが。さて、大鳥羽の壁画は、誰が、何のために描いただろう。


大鳥羽駅。駅名標の向こうに「共名の鳥」の絵がある

12時25分、十村を発車。列車交換設備があるけれど、対向列車は来なかった。次の藤井駅で、雪をふりかけた山が車窓右側に移っていると気づく。小浜を出た時に見えた山だ。かなり大きく迂回している。そして列車は海へ向かう。三方駅は三方五湖の最寄り駅。有料道路の先のレインボーライン山頂公園には「ケーブルカー」と名のつく乗り物がある。しかし手持ちの資料には鉄道にも索道にも分類されていない。園内遊具の扱いだろうか。気になる。

次の気山駅の近くに保育所があって、「琵琶湖若狭湾快速鉄道の早期実現!」という色あせた看板がある。略地図によると、若狭テクノバレーがあった上中から南東方面に線路を敷き、湖西線の近江今津を結ぶ路線のようだ。なるほど、これができれば小浜の人々は舞鶴や敦賀まで遠回りせずに京都方面へ直行できる。もっとも、すでに国道が整備され、バスでもよさそうなルートでもある。北陸新幹線が小浜を経由するという話もあるし、どちらがいいかという話にもなりそうだ。


美浜駅の漁船は由来不明として知られている

水田の向こうに海がチラリと見えて、その向こうに岬がある。はて、手前の水田はコシヒカリか。おたべの皮の原料だろうか……と想像すれば、ちょっと甘いものが欲しくなる。列車は美浜駅に到着した。スーツを着たおじさんたちが降りていく。東舞鶴行きの列車とすれ違う。ホームのそばに朽ちかけた船が据え付けられている。舳先に「みはま」と書いてある。駅名標のつもりだろうか。

美浜といえば、美浜原子力発電所だ。しかしここから10km以上も北の半島にある。日本の電力会社として初めて原子力発電を実施したところだという。美浜と同じ湾に面しているけれど、距離としては敦賀も同じくらいである。もっとも、さらに北へ10kmほどの敦賀湾沿いに敦賀原子力発電所がある。そして、ふたつの原子力発電所のちょうど中間に、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」がある。電車はまた海から離れ、南東へ向かった。原子力から離れていくけれど、その動力源は原子力で作られている。


美浜原発の方向を望む


谷間を通り過ぎると敦賀平野が広がった。電車は高台の線路を走るから見晴らしがいい。遠くまで建物がびっしりと並んでいる。敦賀は舞鶴と並んで古くからの港町、北前船の寄港で栄え、その後は外国航路の拠点にもなった。国際交通が船の時代。日本の玄関が大陸側に向いていた時代の話である。


遠くまで続く敦賀の町並み

敦賀とウラジオストックには定期便があり、それは鉄道連絡船でもあった。新橋からシベリア鉄道経由でヨーロッパまでの切符も発売されたという。当時は敦賀から敦賀港駅までの線路もあって、旧敦賀港駅は往時を伝える資料館になっているという。立ち寄ってみたいけれど、今日は時間がない。

北陸本線と接続する敦賀駅は、駅舎やホームの改良工事中であった。小浜線のホームは駅舎側だが、停車位置は駅舎から離れていた。長いホームの隅っこに、2両の電車がひっかかる。ゼブラフェンスの横をすり抜けて、電車の何倍も長いホームを歩く。


工事中の敦賀駅

駅前広場に出てみれば、平屋の仮設駅舎の上に青空が広がっている。広場に面して、歴史のありそうな駅前旅館の構えがある。チョビひげ、腹巻、丸メガネの親父が出てきそうだ。昭和の喜劇映画の舞台にピッタリの雰囲気。そんな好ましい風景も、北陸新幹線が通る頃には、駅ビルになり、ビジネスホテルに建て替わってしまうだろうか。


駅前旅館と仮設駅舎

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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