第49回:人類最初の芸術、アルタミラへ(6)
更新日2003/10/09
アルタミラ博物館のメインは、洞窟内に作られたレプリカ。いや、洞窟も人工のものなのだから、「レプリカの洞窟」と言った方が正確だろうか。
洞窟に入ってすぐのコーナーは、当時の生活の紹介になっている。薄暗い空間に、石器や動物の骨が散乱する。なんだぁ、こんなありふれた展示なら長崎のグラバー邸と変わらんやん。ちぇー、と落胆しかけたところ、いきなり火が現れ、それに照らされてじいさまと子どもが現れた。なんと透明なスクリーンに、なんとなく立体的に投影されているのだ。総天然色、動きも会話もアリ。映画『マイノリティ・リポート』を思い出したぜ。さすが2001年オープン、最新技術だ。
続いて発掘の様子が再現されているエリアを抜けると、どのようにして洞窟画が描かれたのかというテクニックを紹介するコーナーになる。ビデオなども駆使されていて、とてもわかりやすい。ということで、ここで学んだことをもとに、今日は私がウェッブ上講座を試みてみよう。図は、あいにくクロマニョン人以下の絵心を自負する私が書いたものである。
*特別企画:『石器だけであなたも描ける洞窟壁画、芸術の始原を感じなはれ!』*
(1)洞窟内は暗いので、火の準備を忘れずに。
(2)炭を指先につけ、牛(お好みで馬や鹿でも)の輪郭を洞窟内の天井に記します。もちろんハシゴなどないので、手の届く高さの天井をカンバスにしてください。このとき、動物の頭や腹などにあたる部分に天井の自然な凹凸を利用すると、1万5千年後にも絶賛されるような躍動感が与えられます。自然のカンバスならではですね。
(3)納得いくまで、黒で輪郭を描いてください。何千年かかってもかまいません。
(4)ここで、石器の欠片で輪郭を削ってみます。どうですか、躍動感がぐんと増しませんか? もしそう見えなかったら、それはひとえに私の作ったサンプルが悪いのです。鍾乳石など、手近な自然にに白色のものがあったら、それを使ってもかまいません。
(5)自然の黄土(オークル)や赤土を粉にしておき、水で溶いて、手にべったりつけます。指のぜんぶを筆にして、こころゆくまで、彩りを加えてください。これもまた、何千年かかってもかまいません。
(6)ここからは上級編です。用意するものは植物の管を2本と赤土の粉、それと器です。器に赤土の粉を入れ、そこに突き刺す1本の管を立てます。このとき管が倒れないように、器を持った手の人差し指でしっかり押さえるのがポイントです。次に、もう1本の管を口にくわえ、上図のポジションにしてください。息を吹くと、なんと、エアブラシの完成です。これは、実際に1万3500年前に実際に使われていた方法だと言います。
以上で、石器で描く洞窟壁画のウェッブ講座は終わりです。次、うっかり氷河期に遭遇するなどして手持ち無沙汰なときのつれづれなどに、試してみてくださいね。
最後の展示は、洞窟画のレプリカ。天井の凹凸も、ちゃんと採寸して再現したらしい。もっとも、さすがに一箇所にたくさんの絵を集めてはあるのだが。
アルタミラの洞窟では、何世代もの住人によって絵が描かれてきた。カンバスである洞窟の天井のスペースには限りがあるので、重ね描きされた部分も多いという。もっとも古い時代のものだという鹿や馬はわりとシンプルで、後年になるに従って迫力というか躍動感というか絵心が増してくるのがわかる。まだ色彩も鮮やかなバイソンなんて、本当に、胸にぐっとくる迫力がある。
パープル・チーター(水前寺清子風で髪がパープルのガイドさん)に礼を言いつつ、見学者の一行はぞろぞろとレプリカ・ルームを出る。と、出口の先にもうひとつ、小さなレプリカが展示してあった。みっつ、今度は岩の断面の凹凸を利用して、人間の顔が描かれている。なんとも素朴な、落書きタッチ。パープル・チーターが足を止め、みんなの顔をゆっくりと見回してから口を開いた。
「ね、もうおわかりになったと思いますが、当時の人間は、現在の私たちとまったく同じなのです。たしかに私たちは技術の面では格段に優れたものを持っています。そして当時の人間は、そのような技術はほとんど持っていません。でも、インテリジェンスという面では、両者の間に差異はほとんどないのです」
ガーン、と、衝撃が走った。そうか、知性かぁ。きっと彼らも恋をし、友人に裏切られ、親に感謝し、でも衝突し、子どもを慈しみ、沈みゆく夕陽を天翔ける流れ星をうっとり眺めたのだろうなぁ。たしかに、同じだ。この1万5千年で変わったのは技術だけ、か。すごいこと、言うよなぁ。
第49回:人類最初の芸術、アルタミラへ(6)