■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)

■更新予定日:毎週木曜日




第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)

更新日2002/12/5


ふしぎなもので、人間にはイベントぢから、っていうのがある。と思う。前夜2時まで起きていたのに、目覚ましの鳴る5分前の5時25分に自然起床。白い息を吐きながら、朝6時から夜2時まで営業する全線均一0.95ユーロ(115円)の至極便利な地下鉄で、バスターミナルへ。

出発してみると、あいにく「バレンシア街道」国道3号線は霧の中。しかもあいにく私の座席は最前列で助手席みたいな場所だったので、濃霧に右往左往する車の群れが高い位置からよく見える。慣れない雨や霧にすぐ大渋滞となるマドリーっ子の運転は、本当に危ない。ウィンカー出さずに車線変更するし、テールランプ切れてるし、サイドミラーもげてるし。バスの前に無謀に突っ込んでくる車がいるたび「ウワゥ!」と悲鳴を上げてしまう。対向車線ではすでに事故発生。もう、おちおち寝てられやしない。

どういう条件でかはわからないけど、ときどきパアッと霧が晴れる。と思ったら、また目の前にぺとーっと横たわる乳白色の靄の塊に入っていく。こうして雲の中を走るようにして2時間、マドリーから200km地点で休憩。それからあとは、アホみたいな青空になった。11時、太陽のさんさんと輝くバレンシアに到着。

ほら、バレンシアってば、街路樹もオレンジなのさ。

さっそく、エル・パルマール村行きのバスの時刻を確認する。バレンシアからは1日5本、次の出発は12時。帰りも同じく5本で、マドリードへ帰るバスが19時30分に出発することを考えると……14時30分のしか、ない! 乗り遅れないようにしなきゃ。

営業所で村までのバス乗り場を訊くと、「ここから79番の市バスに乗って『カノバス広場』で降ろしてもらいな」とのこと。時刻は11時20分。市バスの運転手さんに「着いたら教えて」と伝えて運転席の近くに座り、無事に広場で下車。しかし、どんなに探しても、バス停らしきものがない。通行人に聞くが誰もがそんなの聞いたことないと首を振る。慌ててバス会社に電話すると、「あぁ発着所はスイス通りの角よ」。恐る恐る地図を見ると、なんと1kmほども戻った地点。時計を見ると、11時40分。

迷わず、走り出した。なんせ12時のバスに乗り遅れると、村から帰ってこれなくなる。スイス通りへと走る途中、道に迷って通行人に訊くたびに、それぞれが違う方向を指差して答える。そう、それが、スペイン。親切だけど、自信満々でいい加減なことを言うのだ。もう汗だくになってバス停を目指す。あぁコメ! コメ! ようやく次の角にそれらしきものが見えたとき、一緒に信号待ちをしていたひとから声を掛けられた。

「すみません、○○通りにはどう行くのかしら?」

おーい、私が地元民に見えたかい? 面喰ったが、スペインではわりとよくあること。私なら、日本で明らかな外国人に道を訊ねたりしないけどなぁ。「拙者、ここのものではあらぬゆえ、失敬!」と勢いよく頭を下げ、青になった信号を猛ダッシュ。バスに飛び乗ったのは、11時58分だった。

安堵のあまり、スーパーマリオみたいなバスの運転手さんに愚痴る。「あなたの同僚がカノバス広場って言ったからそこまで行っちゃったわよー。見て、この汗。走った走った」 するとマリオは、ニヤリと笑ったね。「あぁカノバス広場なら、たしかにこの次にバスが停まるよ。姉ちゃん、誤解しちゃいけねぇよ。俺の同僚は、みんな良い奴だぜ」

あ、ごめん。料金の1.3ユーロ(約155円)を渡したところで、バスは元気に出発。もちろん5分後に、カノバス広場で停車。乗り込んでくる乗客の顔が、みな涼しげに見える。


市街地を抜け、バスは海沿いをゆるゆると南下する。そのうち、車窓の風景は一面の湿地になった。もう、アルブフェラ湖公園内に入っているのだ。さらにしばらく行くと、窓から見えるのはだだっ広い湖ばかりになる。それなのに車内に入ってくる風は、海の匂い。なんだか浜名なかんじ。

ちなみにアルブフェラ湖は広さ3万ヘクタールで、浜名湖の4倍以上、琵琶湖の約半分。ただ、深さは最深部でもたった2.5メートルしかないという。溺れる心配は少なそうだ。そこに、250種類の野鳥が集まるらしい。見るもよし、食べるもよし?

こちらか対向車かのうち気合い勝ちした一台しか通れない狭い橋を2回渡って湖の外れまで行き、村の中心らしき広場でバスを降りる。12時40分。さて。なにもわからない。まずは湖を見ようと、海の匂いがしない方へと歩き出す。

おじいちゃんがふたり、椅子を持ち出して座っているだけのひなびたメイン・ストリートは、5分も歩かないうちに行き止まり。右に折れると、湖の間をまっすぐに伸びる田舎道になった。道の両側に、湖がだだーんと広がる。ここは村の、キーウエスト。

しばらく道端に座り込んで湖を眺めていたあと、違う道を通って、広場へ戻る。途中横切った水路には、小舟がいくつも浮かんでいる。よもぎ餅のような緑色して。なぜだかわらかないけど、どこかホッする光景。こんなスペインも、あるんだなぁ。


広場で観光インフォメーションの所在を訊くと「んなもんはねぇよ」とのつれない答え。たまたま目の前にあった村役場に、思い切って飛び込んでみる。扉を押す私を見て、広いホールの隅の小さなスチール机に腰掛けてテレビを眺めていたおばさんが、これはいったいなんの間違いだろうかと心底驚いた顔をしている。

「あのー、マドリーから来たんですが」と切り出すと、おばさんの表情が和んだ。「あら、本当? 私、マドリー生まれなのよ。ここへは3年前に来たばかりなの。うれしいわぁ。ちょっと待って、すぐ村の案内してあげるから」と言うやいなや、オフィスの鍵を閉めだした。これまでスペインで何度も遭遇した「受付時間内のはずの窓口が平気で閉まっている」というふざけた事態は、こうして簡単に引き起こされるのであった。納得。

彼女、コンチャの案内でウナギの養殖場や観光遊覧船乗り場、バードウォッチング用遊歩道などを見せてもらったあと、村でいっちばん美味しいレストランはどこかと訊ねる。「それなら、L'andanaね。ここの米料理は最高なのよ!」 コンチャは店まで私を案内すると、ウェイターに「この子をよろしくね」と告げて去っていった。ありがとう!

 

 

第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)