「マドリードには海以外のすべてがある」と友人は言っていたが(どうもスペインにいると郷土愛がベタベタに強くなる)、ならば「バルセロナにはすべてがある」ということになる。よりアーティスティックな神戸、という雰囲気のこの街には、海、山、旧市街、ショッピング・ストリート、それに魅力的な観光スポットの数々が揃う。スペインだからして、美味い料理ももちろんあるし。
カタルーニャ地方の名物料理といえば、スライスしたパンにトマトやニンニクをすり込んだパン・コン・トマテ。それとフィデウア。これは米ではなく、マカロニのような小さいパスタで作られたパエージャ。デザートにはその名もクレマ・カタラナ(カタルーニャ・クリーム)、カスタードクリームの表面を香ばしく焦がしたものなど。パン・コン・トマテなら、たいていのレストランやバル(気軽な居酒屋&喫茶店)に置いてある。
スペインの都市部では50mに一軒くらいの割合でバルがあるのだが、バルセロナも例外ではない。旅行中、朝食に昼食におやつにトイレついでの一休みに、あるいは軽い夕食にと何度も入ったが、なんだか内装が洒落ているところが多くて驚いた。マドリードのおいやんバルみたいに、オリーブの種やエビの頭や紙ナプキンが足元にわさわさ散乱してないし。そりゃもう、表参道と高田馬場さかえ通りくらい、雰囲気が全然違う。私は店に入るたび、「はぁ~、洒落てんなぁ。ここで恋とか語り合いたいなぁ」と、うっとりした。
バルもそうだけど街全体が、年頃の娘さんのように、明るく美しくこざっぱりしているのだな。前々回でバルセロナのキーワードに「アート、都会、新らしもの好き」を挙げたが、「娘さん」を追加しよう。マドリードは「情熱・田舎・伝統的・おいやん」ね。
ところでいま、バルセロナではいまちょっとしたブームのようで、気軽に入れるバスク風レストランが増えていた。マドリードにもバスク料理店はあるのだが、ほぼ例外なく高級店。日本だと懐石料理店くらいに相当する価格ではなかろうか。もちろん、入ったことはない。今回の旅先ではじめて、バスク風料理というのを体験した。んまかったよ。
バスク地方はスペイン北東部に位置し、料理が最高に美味しいところとして知られている。公用語はバスク語で、「バスク」は"euskadi"。私はさっぱりわからないが、通りすがりの店がバスク系かどうかを見分けるコツをひとつ。看板の文字に"k"とか"g"とか"z"とかがよく登場していれば、たぶんバスク系だ。たぶんよ、たぶん。バルセロナに行く機会があれば、参考にしてください。
さぁ、最終日。ホテルをチェックアウトし、駅のコイン・ロッカーに荷物を預け、海まで歩く。街は本当に小さくて、どこからでも南に歩けばだいたい海に着くのだ。浜辺に、体育座りで並んだ。「やっぱり良いねぇ、海は」「広いなぁ」「大きいなぁ」「月は登るし……」 なんせ友人が言うところの、マドリードに唯一ないものなので。
しばらくほけーっとしたあと、ロープウェイ乗り場へ。最後の目的地はモンジュイック、ミロ美術館や古い城塞がある小高い丘なのだ。

海上を渡るロープウェイから市街を見た
にしてもロープウェイの野郎、ひとが定員ぎりぎりくらいまで揃ってからじゃないと出発しない。中間点でもそうだったので、海上はるか高い地点で、吹き込む風に髪をぐちゃぐちゃにしながら長いこと待たされる。ちなみに私はスペインの乗り物の安全性は、ちっとも信頼していない。先日もマドリードの某テーマパークで、ジェットコースターが途中で止まった事故があったのだけど、調査したらしょっちゅう起きていたという。なんだかいろいろ思い出してきて、怖くなる。この高さから海面に落ちたときの生存率などを考えているうちに、やっとロープウェイは動きだし、あっけなく終点に着いた。安堵。
時計を見ると、スペイン式運行のロープウェイのせいで、もうそろそろ空港に向かわないといけない時間になっている。ここから市街地に戻るケーブルカーだって、スペイン式のんびり運行間隔かもしれないし。仕方なくケーブルカーの駅を探すが、ない。地図を見ると隣だったのだが、聞いたら15分くらいかかる場所にあるという。この丘の上には、滅多にタクシーも来ない。覚悟を決めて歩き出した。
モンジュイックの丘には、オリンピック・スタジアムがある。1992年バルセロナ・オリンピックの会場となったところだ。銀メダルを獲得したマラソンの有森選手も、かほど苦しい思いでこの丘を登ったのだろうか……。いや、一緒にしたらいかんな。そんなこと考えつつ、ぜぇぜぇはぁはぁ喘ぎ喘ぎ歩く歩く。丘の各所からは市街が一望できるはずなのだが、そんな精神的余裕はない。前回唯一訪れて大好きだった明るく楽しいミロ美術館に寄る時間的余裕もない。ダンナさんよ、ごめんくさいね。これまた奇才だったのに。心中で詫びつつ、ただただ右足と左足を交互に出す。
ちゃんと飛行機には間に合い、出発から2時間後にはマドリードの自宅最寄り駅に着いていた。外へ出ると、空気がひやっとしていて驚く。あぁここは標高約650mの高原なのだ。海は……。海は、はるか彼方になってしまったのだなぁ。
隣のスーパーでハムを薄切りにしてもらい、自宅で元気に成長しているシソを摘み、炊きたてのごはんにのせてしょうゆをかけ、ゴマをふりかけて夕食とする。お茶をすすりながら、旅を振り返った。バルセロナまでは飛行機でほんの1時間。でも実際に訪れるまで私は2年半、ダンナさんは4年以上もかかった。でも、待った甲斐が、あったよ。楽しかったなぁ。
スペイン旅行を考えているひとには、これから「観光ならバルセロナが良いよ!」と言おう。奇才天才の作品は見ごたえあるし、スペインだけどヨーロッパの雰囲気だし、とにかくぜんぶある。もぅ、観光地として最高じゃ、あーりませんか!
