■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)
第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)
第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)
第9回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(4)
第10回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(1)
第11回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(2)

■更新予定日:毎週木曜日




第12回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(3)

更新日2003/01/16


中学生のとき、この画家を知った。整った顔に、これまた寸分なく整えられたヒゲがピーン。手にする電話の受話器は伊勢海老。その名は大泉晃、じゃなくてサルバドール・ダリ、彼が亡くなる前年のことだった。お金を貯めて、安い画集を買った。彼の美術館があることを知った。バルセロナのもっと北、フランス国境が近いくらいの町、フィゲラス。どんなところだろう? ずーっと憧れていたんだ。「スペイン」よりも、ずっと。

フィゲラスは、人口3万5千人。奇才ダリの生まれ故郷であり、彼が生前に全面的にプロデュースした美術館があることで世界中に知られている。バルセロナから、たぶん140kmくらい北にある。フランスまでは、90km。今回は、バルセロナから汽車で訪れた。


朝9時半、サンツ駅へ。めまぐるしく変わる電光掲示を見上げると、行き先がパリだのミラノだのチューリッヒだの書いてある。ヨーロッパ各国と鉄道のアクセスが良いのは、マドリードよりも断然バルセロナなのだ。英語、標準スペイン語、カタルーニャ語が交互に表示されるインフォメーションに並び、フィゲラスに行きたい旨を告げ、ノートを渡して乗るべき電車の行き先とホームの番号を書いてもらう。知らない場所では、これがいちばん確実。

10時20分、カタルーニャ・エクスプレス号が動き出した。片道8.05ユーロ(約965円)、往復割引もある。売店で買い込んだ七面鳥のサンドイッチを食べながら、サッカーチームF.C.バルセロナの話題ばかりの地元新聞を開いてみる。もちろんカタルーニャ語なので、内容は少し想像できるくらい。向かい合わせの席に座っているひとの話し声をよーっく聞いてみても、カタルーニャ人なのかフランス人なのかわからないほど。

スペインには方言じゃなくて、公用語だけで地方別に4つもある。標準スペイン語は誰もがわかるけど、公用語はふつう地元のひとくらいしかわからない。以前関西に行ったとき、スーパーで「ヘレ肉」という表示を見てのけぞったけど(標準では「フィレ」だよね)、こちらでは新聞から道路標識までがその調子なのだ。「止まりなはれ」「追い越ししたらあきまへんで」「一旦停止でんねん、堪忍しとくれやっしゃ」「駐車しくさったらしばきまわしたるどわれ」……まぁそんなかんじ、か?


12時3分の予定が15分になってフィゲラスに到着。同じ汽車から降りてきた日本人女性ふたり連れをなんとなく見ていたら、明らかに怪しい大男につけられている! 慌てて後ろに回りこみ「私たちは気づいているよ、だからって私たちを狙ったらあとがちょっと厄介だぜ、警察官の知り合いもいるのさぁ」みたいなことを最大限に匂わせながらダンナさんと会話する。「警察」などのポイントは、やや大声のスペイン語で。効を奏したのか、あるいはただふつうのひとだったのか、次の角で男はいなくなった。ホッ。

枯葉舞う道を10分くらい歩いたところで、ついにダリ美術館とーうちゃーく!

あぁ、これだ。これこれ。何度も見た。ガイドブックでも見た。ついに来た。感無量でフラフラ歩み寄ると、どうも入口は別らしい。ぐるっとまわって入場券を購入、ひとり9ユーロ(約1100円)なる。高いなぁ、プラド美術館だって3ユーロなのに、と思いながら「ごめんくさーい、これまた奇才」と入った途端、その場に立ちすくんでしまった。

なにこれ、た、のしーい! 

ダリ美術館というか、ダリ・ランドにはあちこちに仕掛けがあり、客がなんぼでも楽しめるようになっている。あの角度から、あの距離からはこう見えたのに、立つ位置を変えたらまったく違って見えたり。窓の形が人間だったり、人間と思ったのが馬だったり。有名な「部屋」にしてもそうだ。正面の壁には風景画が2枚、そこに暖炉らしきものがあり、手前には真っ赤なソファーが置かれていて、カーテンがくるくる巻いてある。ところが正面設置されたレンズの向こうに立つと、「部屋」はこう見えるのだ。

おんなのひっとの、かおー。

どこもかしこも、ダリのサービス精神がぎっしり詰まっている。そのうち、ディズニーランドの子ども向けの「なんとかの家」を探検しているような気分になってきた。「きちんと見れば少なくとも3日はかかる」と言われるプラド美術館を30分で出てくるダンナさんが、ここでは約2時間じっくり楽しんだほどだ。前言撤回。9ユーロじゃ、安いぜ!

館内では、何組かの日本人とすれ違う。トイレに入っていたときも、あとからきたグループが日本語で「見た?」「うん、『日本人、おそるべし』だよねー」などと話す声が聞こえてきたので、出にくくなったほどだ。ひょっとしたら私の女物マフラーと「ほぼ日永久紙袋」を持たされて外で待っていたダンナさんのことではなかろうか。ヤツのボウズと、いずれかの要素との組み合わせで、おそるべかしてしもうたのかもしれん。すまん。

にしても、みんな旅行でこんな遠いフィゲラスまで来るんだなぁ。私にとっても、とても遠い美術館だったけど、はるばる来た甲斐あったぜ。中学生のころから15年来の期待以上に、素晴らしかったもんね。みんなが声を揃えて「あそこは良い!」と言うわけだ。


興奮冷めやらぬままバルセロナへ戻り、メイン・ストリートを歩く。街いちばんのショッピング・ストリートをぶらぶら歩くと、左右にはガウディなどによるモデルニスモ建築が次々と現れる。歩道はとても広く、歩いていてイライラすることはない。街灯もエレガント。ワンちゃんも、マドリードの「くそ垂れ犬」ではなく、なんだか「ワンちゃま」っぽく見える。とにかく街全体の雰囲気がとても洗練されているのだよね。立ち止まって、しみじみつぶやいた。「あぁ、ヨーロッパっぽいなぁ!」

……ヨーロッパを感じたのは、スペインに来てはじめてのことだった。

 

 

第13回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(4)