■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■更新予定日:毎週木曜日




第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて

更新日2002/10/24 


イベリア半島を、知ってるかい? ヨーロッパの南西に、ゴロンと突き出た半島さ。半島の西はアメリカへ、北はイギリスへ続く大西洋。北西方向、フランスとの国境ピレネー山脈を挟んで、東には地中海。南端はジブラルタル海峡、その向こうにはアフリカがででーんと広がる。かつてこの半島から、コロンブスが、バスコ・ダ・ガマが、フランシスコ・ザビエルが、黄金の島ジパングを目指して旅立ったものさ。

そして21世紀になった今日、経済大国ジパングから太陽を求めてスペインへやってきた私は、首都マドリードに住んでいる。16世紀、『太陽の沈まぬ国』と称されていたころにスペインの首都となった街。それまでなにもなかったド田舎に、「イベリア半島の真ん中だから」という単純すぎる理由をもって遷都したのだという。なんだいそりゃあ。


んだもんで、私はいま、ミニ大陸ともいえる広大なイベリア半島のほぼ真ん中にいることになる。最寄りの海岸、バレンシアまでは約350km。東京からだと、名古屋あたりまで行かないと海がない。長崎育ちで海好きの私としては、「マドリーには海が無い」とつぶやいてみたくもなる。そして檸檬をがりり、なんて。

ただそのかわり、うれしいこともある。ひとつ、空気が乾燥しているので、クセ毛も広がらずにサラサラ。ひとつ、どこかの海岸に津波がやってきても、たぶん大丈夫。そしてもうひとつ、すべての魅力的なスペインの町々(諸島を除く)へのアクセスが良い。というのも、スペインの主な6本の国道は、すべてマドリードを起点に放射状に広がっているのだ。鉄道網はそれほど発達していない代わり、路線バスがたくさん走っている。

実は前回の連載『12人のアミーガたち』のインタビューのうち、バリャドリードとバルセロナには、路線バスに乗って訪れている。バリャドリードへは、小麦畑や羊の群れを眺めながら、北へ北へと2時間半。バルセロナへは、満天の星を見上げながら、東へひたすら8時間。目的地の町に入るまで、道中には信号すらない。運転手のなじみのサービスエリアに近づいたときにだけ、バスは速度を落とす。そのほかは時速120kmくらいで、一面の地平線の中を小さな点になって、ゆっくりトコトコ進むだけ。

いつもは目的地まで車でぴゅうと進むのだけど、バスの旅も、なんだか良かった。車ならアクセル踏めばスピードがあがるけど、バスではどんなに急いたってどうしようもない。のんびりした速度に身を委ねて、窓から外をぼーっと眺める。飽きたら、眠る。併走するトラックの運転手の様子を覗き見る。目が合って、笑われる。夕焼け、朝焼け、ダイナミックな地球の描く絵を心ゆくまで鑑賞する。なかなか、悪くない数時間。


マドリードから出発した方向で、車窓の景色ががらりと違ってくるのも楽しい。北は、緑が目に心地良い穀倉地帯。雪を頂く山々も涼やかに。南には赤土の荒野が、滅入るくらい果てしなく広がる。乾いた風に揺れるのは、背の低いブドウと、オリーブの樹くらい。ただ夏には、黄色く埋め尽くされたヒマワリの丘がいくつも現れたりする。東、バルセロナへは古都サラゴサ経由。趣あるゴシック様式の教会にじーんと来て、意味なく手を合わせてみたり。同じ東でもバレンシアへ近づくと、海が見える。そして市内に入れば、びっしり実のなった街路樹のオレンジが、バスの窓辺を洗うのだ。

スペインは、ヨーロッパでもっとも地域差に富む国と言われるのだそうだ。自然条件も然り、歴史も然り、文化もまた然り。北にはキリスト教の世界三大巡礼地のひとつがある一方、南にはイスラム文化が根強く残り、また東はまったく違った趣の地中海文化だったりする。実は、スペインを代表するかのように言われるフラメンコはアンダルシア地方の舞踊で、パエージャはバレンシアの名物料理なのだ。マドリードでフラメンコを見ながらパエージャを食べるのは、東京で琉球舞踊を見ながらちゃんぽんを食べることに似ているかもしれない。

「地方を知ることなくして、スペインを語るべからず」と、声を大にして言いたい。えーっと、私に、ね。


よっしゃあ、それならば行こうじゃないか。せっかくたまたま16世紀の遷都担当者の単純な思考のおかげで、イベリア半島のど真ん中にいるわけだし。スペインの、魅力的な、地方の町へ。移動手段は、もちろん路線バス。地平線の中を、またペコペコ揺られて旅するとしよう。あくまで普段着のままの、気軽なふらり旅。……なんだかテレビ東京みたいになってしもうたが。まぁ、よかろう。こうなりゃ三ツ木清隆気分で、バモス!

というわけで、まずは出発点となるkmO(キロメトロ・セロ)へ。

これはスペインの中心マドリードの、そのまた中心ソル広場に埋められた里程標。もう色もハゲハゲでよく見えなくなっているけど、中央やや下の黒丸がマドリードで、それを囲む赤っぽいところがスペイン。中央上には辛うじてアルファベットの"m"が、見える? 本来はその左にk、右に0があって、"km0"(0キロメートル地点)と記されていた。

半円状をしたレンガ色の縁の部分に書かれた文字は、"ORIGEN DE LAS CARRETERAS RADIALES"、「放射状に伸びる道路の起点」という意味。ここで立ち止まる多くのひとと同じように、スペイン名物ワンちゃんのウンちゃんを踏んだ靴の裏で、私もこのキロメトロ・セロをむんずと踏みつけた。それが、旅の、はじまりさ。

しかしてタイトルは、「イベリア半島ふらりジカタビ」に決定。直(じか)にこの体でこの目で見てくる旅、ということで。というか、要するにこじつけ。いつもの。見逃しておくれな、おっかさん。

出発日、行き先は、未定。いつか晴れた日に、どこかおもしろそうなところへ、行ってまいります。以後、どうぞよろしうに!

 

 

第2回:移動遊園地で命を惜しむ