「世界遺産」という響きに、いつもうっとりする。時間や自然がじっくりと作りあげてくれた、セコセコした現代では作れそうにない、人間と地球の宝物。そんな世界遺産が、スペインには36もある。今回の目的地トレドも、丘の上の町が丸ごと世界遺産だ。

トレドをひとことで表すと、古都。どれくらい古いかというと、ゲルマン民族大移動を起こして西ローマ帝国滅亡の原因となった西ゴート族が、6世紀にここを首都として王国を建国したところまで遡るらしい。聖徳太子くらいの頃の、話。やがてこの国は8世紀にイスラム教国に滅ぼされ、首都も300年ほど他に移る。しかし間もなく諸行無常の響きありてこの国も崩壊、この町は新興イスラム教国の首都となった。
11世紀になると今度はキリスト教の王がトレドを制服、ここをカスティージャ王国の首都とする。ちなみにこの国名こそ、長崎名物の菓子「カステラ」の語源である。
その頃はスペイン版戦国時代で、イベリア半島はいくつかの強国に分かれて戦争中。15世紀になって二大勢力のカスティージャ王国(半島中央部)と、アラゴン連合王国(半島東部、バルセロナ中心)が手を結んで、だいたい現在のスペインになるのだが、その間、正確にはスペイン統一から70年くらいあとまで、トレドはずうっと首都だった。その座を、現在の首都マドリードに奪われるまで。
というわけで、1500年あまりの間、この小さな丘の町トレドは、西ゴート王国→イスラム教国→キリスト教国の興亡を、どまんなかで眺めてきた。支配者や住民はその間にたくさん変わったけど、建物はそんなに変わらない。前の時代のものをそのまま、あるいは継ぎ足して使っているうちに、気づけば中世のまんまの姿が現代まで残っていることになり、こいつは貴重だと世界遺産に登録されることになった、というわけだ。
トレドは、私がスペインに越して来てから2番目に訪れた町だ。城壁や古い街並みにわぁと歓声をあげ、まずはカテドラル(大聖堂)を目指して歩き出して、……いきなり迷子になった。秋風ぴゅう。その後もダンナさんとふたりして順調に道に迷い続け、疲れ果てた彼の「もう、ええやん」の一言で2時間もせずに観光終了。マドリードへの帰り、不機嫌な声で彼は言ったね。「俺、ほんまはトレド嫌いやねん。ぜったい道に迷うやん」 それから彼は二度と、一緒にトレドへ行こうとはしてくれない。
いや待て、憧れの世界遺産だぜ。1500年の長きにわたって蓄積された重層的な文化のかほりが行きずりの旅人を街角にふと佇ませたりする、魅惑の古都トレドだぜ。「道に迷うから」という理由で嫌いになるにはいかんせんもったいなかぞ。
なんせトレドには、見どころがどっちゃりある。三方を川に囲まれた丘に、モンブランケーキのように細い路地がごちゃごちゃとめぐらされた町の外観。スペイン大司教の首座である豪壮なカテドラル。ここを愛した画家ドメニコス・テオトコポウロス、通称「エル・グレコ(「ザ・ギリシャ人」という意味)」の作品。ユダヤ教とイスラム教とキリスト教のそれぞれの、あるいは共有の、趣きある寺院や教会。名物料理のウズラは美味いし、お土産には色鮮やかな金細工製品や陶器がある。こんなに観光のツボを押さえたところは、そうないだろう。
しかし、である。これまで私は計4回トレドを訪れているのだが、毎回、道に迷ってしまうのだ。地図を見ながら歩いても、路地が入り組んでいてわかりにくいうえ、案内表示も肝心なところで途切れてしまう。地図の読めないなんとやらは私だけじゃないらしく、観光客が地元のひとに道を訊いている後ろで、その答えを又聞きしようと別の迷い子グループが聞き耳を立てていたりする。あぁカオスの町、トレド。
とはいえ、これまでに大半の観光スポットは見ることができた。だが、唯一、どうしてもたどり着けない場所がある。それは「光のキリストのメスキータ(イスラム教寺院)」。西ゴート族が建てた柱に、イスラム教徒がアーチと天井を乗せ、それにキリスト教徒が増築して教会にしたのだという。あぁカオスだなぁ。だいたい「キリストのイスラム教寺院」という名前からして、なにがなんだかわからない。あぁもう、カオスぅ。
と知識は充分にあるのだが、なんせ見たことがない。ガイドブックに載っているなかでいちばん興味があるのに、たどり着けない。ということで、今回はこのカオスな建物ただひとつを目指してトレドを訪れることにした。目標は、「道に迷わない!」である。わしゃ、はじめてのおつかいか。
第20回:世界遺産で迷子にならない(2)