j Webコラムマガジン「のらり」■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第239回:流行り歌に寄せて No.49 「東京のバスガール」~昭和32年(1957年)

更新日2013/07/25

この季節は、ワイシャツの袖を二つほど折っていたと思う。私の田舎ではスカートではなく、一年中紺か黒のズボン履きの姿だった。黒革の肩掛け鞄はかなりくたびれていて、そこから取り出した切符に、お客の行き先を聞いた後、リズミカルに鋏を入れていた。

バスの女車掌さん。たいがいの人は髪を短くしているか、後ろをヘアゴムで束ねていて、長い髪をした人を見た記憶がない。

マイクなど持たず、「次は中央通り、中央通り。お降りの方はお知らせください」と大きな声で発すると、お客の誰かが手を挙げたり、「はい、降ります」と声を掛けたりすれば、「はい、次停車しまーす」と、お客と同時に運転手にもサインを送る。

お客の応対がないと、「中央通りですが、降りる方はいらっしゃいませんね。はい、次通過」。私は、この「次、ツーカー」という言葉の響きが好きだった。

お客の乗降の際の扉の開け閉めも車掌さんの仕事。扉は折戸形式で、中央にあるレバーのようなものを引いたり、押したりしていた記憶がある。そして、乗り降りが安全に行なえたのかをしっかりと確認した後、一声、「発車 オーライ!」

「東京のバスガール」 丘灯至夫:作詞 上原げんと:作曲 コロムビア・ローズ:歌 
1.
若い希望も 恋もある ビルの街から 山の手へ

紺の制服 身につけて 私は東京の バスガール

「発車 オーライ」 明るく 明るく 走るのよ

2.
昨日心に とめた方 今日はきれいな 人つれて

夢ははかなく 破れても くじけちゃいけない バスガール

「発車 オーライ」 明るく 明るく 走るのよ

3.
酔ったお客の 意地悪さ いやな言葉で どなられて

ホロリ落した ひとしずく それでも東京の バスガール

「発車 オーライ」 明るく 明るく 走るのよ


冒頭からつらつらと書いたのは、私が小学生の時分の長野県の諏訪バス(円の中にSの字が入った社章から、地元では、みんな「マルエスバス」と呼んでいた)の、車掌さんの様子だった。

この流行り歌のコラムを書き続けるにつけ、ずっと長い間覚えていたことが、実は微妙に違っていたということが、意外に多いことがわかってくる。この『東京のバスガール』も、ずっと都内を走る路線バスの車掌さんの歌だと思い込んでいた。

2番では、前の日に乗ってきた素敵な男性にほのかな思いを持ったのだが、今日になってはきれいな人とのアベックで乗ってこられてショボン。3番では酒場帰りのお客さんにどやしつけられてグスン。

そんな路線バス(1番の雰囲気ではターミナル駅から山の手方面を抜けて郊外へと走る)の車掌さんの日常、それが歌われていたのだとばかり思っていた。ところが、今回資料を読んでいくと、この歌のモデルはどうやら「はとバス」のバスガイドさんであったという説が有力なのである。

となると、2番は、前日はデートコースの下見のために男性一人で乗車、3番は団体客の中の一人が酔っぱらって絡んでいる、というあたりになるのか。微妙に風景は変わってくる。

どちらにしても、いろいろな思いを抱きながらも、健気に明るく働こうとするバス乗務員の女性の姿勢を、初代コロムビア・ローズが情感を込めて表現している。聴けば聴くほど、この人は実に上手で、良い歌い手さんだとつくづく思う。

さて、作詞家の丘灯至夫。昭和27年『あこがれの郵便馬車』、28年『みどりの馬車』、29年『高原列車は行く』、30年『あこがれの航海』、31年『自転車旅行』、そして32年『東京のバスガール』と、毎年1曲ずつ、海を、山を、高原を、そして街を走る乗り物の曲の詞を書いてヒットさせている。これは、偶然ではないだろう。

一方、作曲家の上原げんと。戦前から書き始めた上海、広東、東京の『花売娘』3作、『花の広東航路』『ニュー・トーキョー・ソング』『長崎シャンソン』『伊豆の佐太郎』そして、『東京のバスガール』と、こちらは、いわゆるご当地ソングを多く手がけている。

その二人の得意分野が、ちょうど交差する形で生まれたのが『東京のバスガール』だと言えるのではないか。そして、大袈裟に言えば、二人の才能が一瞬スパークしてでき上がった作品であるとも。

どちらも大変息が長く、それぞれが高名な作家と組んで、夥しい数の良い仕事を残した作詞家、作曲家であるが、二人のコンビによって作られた曲は、実はこの1曲しかないのである。

-…つづく

 

 

第240回:流行り歌に寄せて No.50 「喜びも悲しみも幾歳月」~昭和32年(1957年)

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー



第201回:流行り歌に寄せてNo.13
「星影の小径」~昭和24年(1949年)

第202回:流行り歌に寄せてNo.14
「午前2時のブルース」~昭和24年(1949年)

第203回:流行り歌に寄せてNo.15
「長崎の鐘」~昭和24年(1949年)

第204回:流行り歌に寄せてNo.16
「水色のワルツ」~昭和25年(1950年)

第205回:流行り歌に寄せてNo.17
「熊祭(イヨマンテ)の夜」~昭和25年(1950年)

第206回:流行り歌に寄せてNo.18
「買い物ブギー」~昭和25年(1950年)

第207回:流行り歌に寄せてNo.19
「サム・サンデー・モーニング」~昭和25年(1950年)

第208回:流行り歌に寄せてNo.20
「東京キッド」~昭和25年(1950年)

第209回:流行り歌に寄せてNo.21
「ミネソタの卵売り」~昭和26年(1951年)

第210回:流行り歌に寄せてNo.22
「野球小僧」~昭和26年(1951年)

第211回:流行り歌に寄せてNo.23
「上海帰りのリル」~昭和26年(1951年)

第212回:流行り歌に寄せてNo.24
「リンゴ追分」~昭和27年(1952年)

第213回:流行り歌に寄せてNo.25
「ゲイシャ・ワルツ」~昭和27年(1952年)

第214回:流行り歌に寄せてNo.26
「テネシー・ワルツ」~昭和27年(1952年)

第215回:流行り歌に寄せてNo.27
「街のサンドイッチマン」~昭和28年(1953年)

第216回:流行り歌に寄せてNo.28
「想い出のワルツ」~昭和28年(1953年)

第217回:流行り歌に寄せてNo.29
「君の名は」~昭和28年(1953年)

第218回:流行り歌に寄せてNo.30
「高原列車は行く」~昭和29年(1954年)

第219回:流行り歌に寄せてNo.31
「お富さん」~昭和29年(1954年)

第220回:流行り歌に寄せてNo.32
「岸壁の母」~昭和29年(1954年)

第221回:流行り歌に寄せてNo.33
「野球拳」~昭和29年(1954年)

第222回:流行り歌に寄せてNo.34
「この世の花」~昭和30年(1955年)

第223回:流行り歌に寄せてNo.35
「月がとっても青いから」~昭和30年(1955年)

第224回:流行り歌に寄せてNo.36
「カスバの女」~昭和30年(1955年)

第225回:流行り歌に寄せてNo.37
「ガード下の靴みがき」~昭和30年(1955年)

第226回:流行り歌に寄せてNo.38
「銀座の雀」~昭和30年(1955年)

第227回:流行り歌に寄せてNo.39
「ジャンケン娘」~昭和30年(1955年)

第228回:流行り歌に寄せてNo.40
「別れの一本杉」~昭和30年(1955年)

第229回:流行り歌に寄せて 番外編1-1
~昭和20年代を振り返って

第230回:流行り歌に寄せて 番外編1-2
~昭和20年代を振り返って その2

第231回:流行り歌に寄せて No.41
「ここに幸あり」~昭和31年(1956年)

第232回:流行り歌に寄せて No.42
「若いお巡りさん」~昭和31年(1956年)

第233回:流行り歌に寄せて No.43
「愛ちゃんはお嫁に」~昭和31年(1956年)

第234回:流行り歌に寄せて No.44
「しあわせはどこに」~昭和31年(1956年)

第235回:流行り歌に寄せて No.45
「13,800円」~昭和32年(1957年)

第236回:流行り歌に寄せて No.46
「逢いたいなァあの人に」~昭和32年(1957年)

第237回:流行り歌に寄せて No.47
「港町十三番地」~昭和32年(1957年)

第238回:流行り歌に寄せて No.48
「チャンチキおけさ」~昭和32年(1957年)


■更新予定日:隔週木曜日

 

 

 

 

 



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【イビサ物語
 【亜米利加よもやま通信 】 【ギュスターヴ・ドレとの対話 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

    

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2019 Norari