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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第206回:流行り歌に寄せてNo.18 「買い物ブギー」~昭和25年(1950年)

更新日2012/03/08

今回は、おそらく今後も含め、当コラムの中で最も歌詞の長い歌のご紹介をしたいと思う。

「買い物ブギー」 村雨まさを:作詞 服部良一:作曲 笠置シズ子:歌

今日は朝から私のお家は てんやわんやの大さわぎ
盆と正月一緒に来たよな てんてこ舞の忙しさ
何が何だかさっぱりわからず どれがどれやらさっぱりわからず
何もきかずにとんでは来たけど 何を買うやら何処で買うやら
それがゴッチャになりまして 
わてほんまによう言わんわ  わてほんまによう言わんわ

たまの日曜サンデーと言うのに 何が因果と言うものか
こんなに沢山買物頼まれ ひとのめいわく考えず
あるもの無いもの手あたり次第に ひとの気持も知らないで
わてほんまによう言わんわ わてほんまによう言わんわ

何はともあれ買物はじめに 魚屋さんへととびこんだ
鯛に平目にかつおにまぐろにブリにサバ
魚は取立とびきり上等買いなはれ
オッサン買うのと違います 刺身にしたならおいしかろうと思うだけ
わてほんまによう言わんわ わてほんまによう言わんわ
とり貝赤貝たこにいか 海老に穴子にキスにシャコ
ワサビをきかせてお寿司にしたなら
なんぼかおいしかろ なんぼかおいしかろ
お客さんあんたは一体何買いまんねん
そうそうわたしの買物は 魚は魚でもオッサン鮭の缶詰おまへんか
わてほんまによう言わんわ アホカイナ

丁度隣は八百屋さん
人参大根にごぼうに蓮根 ポパイのお好きなほうれん草
トマトにキャベツに白菜に 胡瓜に白瓜ぼけなす南瓜に
東京ネギネギブギウギ
ボタンとリボンとポンカンと マッチにサイダーにタバコに仁丹
ヤヤコシヤヤコシヤヤコシヤヤコシ アアヤヤコシ

チョットオッサン今日は チョットオッサンこれなんぼ
オッサンいますかこれなんぼ オッサンオッサンこれなんぼ
オッサンなんぼでなんぼがオッサン
オッサンオッサン オッサンオッサン オッサン オッサンオッサン オッサン オッサンオッサン オッサンオッサン
わてつんぼで聞こえまへん
わてほんまによう言わんわ わてほんまによう言わんわ

そんなら向かいのおばあさん 
わて忙しゅうてかないまへんので ちょっとこれだけおくんなはれ 
書付渡せばおばあさん これまためくらで読めません 
手さぐり半分何しまひょ 
わてほんまによう言わんわ わてほんまによう言わんわ ああしんど


書き写し終わった後、「ああしんど」と呟きたくなるような、長い長い歌詞である。これだけの歌詞をポンポンポンと発し、ブギのリズムに合わせて歌い切る笠置シズ子(以下:笠置)の実力は驚嘆すべきもので、まさに「ブギの女王」の真骨頂を発揮した曲と言える。

マシンガンのように発射される楽しい関西弁。実は偉大なる作曲家、服部良一(以下:服部)が、作詞家としても稀代の才能があることを現している。即ち、村雨まさをというのは、服部の作詞家としてのペンネームであるのだ。彼は大阪市平野区出身。

週刊誌『サンデー毎日』が主催の日劇ショーの挿入歌として、服部が嘗て法善寺横町の寄席『花月』で聴いていた上方落語の『無いもの買い』という噺をもとにこの詞を書いたとされている。

当時の『有楽座』に出演していた笠置を、服部は自宅に呼びこの歌のレッスンをつけたが、あまりの珍妙な言葉の羅列に笠置が「アア ヤヤコシ」と思わず呟いたのを「それも中に入れちゃおう」とばかりに、即妙に歌詞に組み込んでしまったという逸話は有名である。

昭和25年という時代に拘わらず、この『買い物ブギー』*のプロモーション・ビデオのようなものが作られている。(フィルム映像だと思うが)You Tubeなどですぐに閲覧できるからご興味のある方にはぜひ見ていただきたいが、当時、一体どこでこの映像を流していたのかが不思議である。

「私の家」から買い物を頼まれた、その家の娘さんなのか、女中さん(今で言うお手伝いさん)なのかは判らないが、買い物籠を下げた笠置が不機嫌そうに登場し、途中アベックにぶつかってイライラしたり、躓いて転びそうになったりしながら「サービスステーション」(百貨店のようなものの当時の呼称か?)に入っていくところからこの映像は始まっている。

そして、途中「トルコ風コーヒー」「小学館の学習雑誌」「タチカワペニシリン」「メンソレータム」「テレビアン」「キノミール」などの、懐かしい広告の文字が出てくる。

「小学館の学習雑誌」は幟になっておりで、横には「幼稚園」から「小学六年生」と思しき雑誌が店頭にぶら下がっている。調べたところ「テレビアン」は(映像では耳の聞こえないオッサンの店で扱っている商品)テレビではなく、真空管ラジオの商品名であり、「キノミール」は(映像では目の見えないおばあさんの店で扱っている商品)国産初の小児用粉ミルクのことであるようだ。

とにかく、このような画期的な映像がこの時代にあったのは驚きである。

蛇足ながら、さくらももこは『ちびまる子ちゃん』の中で、この笠置の歌唱を、独特で不思議なアニメ映像で表現している。この漫画家の大好きな曲のようだ。

また、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは『売り物ブギ』という曲を作り、これは没落した良家の主婦が、自分の持ち物一切合切を売ってしまうという内容になっていて、随所で本歌のフレーズを真似ている。宇崎竜童も、きっと笠置の歌の世界を尊敬しているのだろうと思えるのだ。

*「笠置シズ子 買物ブギ」 http://www.youtube.com/watch?v=anC1B1ONq2o

-…つづく

 

 

第207回:流行り歌に寄せてNo.19 「サム・サンデー・モーニング」~昭和25年(1950年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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