のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第233回:流行り歌に寄せて No.43 「愛ちゃんはお嫁に」~昭和31年(1956年)

更新日2013/05/02

田端義夫さんがお亡くなりになった。94歳の大往生だった。90歳を過ぎても、キーを落とせば歌が弛んでしまうからと、原キーを変えずに歌い続けた、真に歌い手の矜恃を持った方だった。

岡本敦郎さんも昨年末に他界され、これでこのコラムでご紹介した、昭和20年代の歌謡曲を歌った男性歌手は、この世に一人もいなくなった。寂しいかぎりである。

さて、今回のご紹介は『愛ちゃんはお嫁に』である。この曲は、小さい頃からよく聴いていて、耳に馴染んでいるのだが、正直、今回これを書くまで、誰が作って、誰が歌っているのかが分からなかった。

そして調べてみても、作詞、作曲、歌とも初めて目にする名前だった。このコーナーを書き始めて40回を超えるが、極めて希なケースである。

「愛ちゃんはお嫁に」 原俊雄:作詞 村沢良介:作曲 鈴木三重子:歌 
1.
さようなら さようなら 今日限り

愛ちゃんは太郎の 嫁になる

俺らの心を 知りながら

でしゃばりお米に 手を引かれ

愛ちゃんは太郎の 嫁になる

2.
さようなら さようなら 悲しい日

愛ちゃんは俺らに ウソついた

ウソとは知らずに まにうけて

夢を見ていた 甘い夢

愛ちゃんは俺らに ウソついた

3.
さようなら さようなら 遠ざかる
 
愛ちゃんは太郎と しあわせに
 
なみだをこらえりゃ はらはらと
 
ひと雨キツネの お嫁入り
 
愛ちゃんは太郎と しあわせに


作詞家の原俊雄、作曲家の村沢良介。この二人の名前を今回調べてみて、この前後の歌謡曲のクレジットで見かけることはほとんどない。才能ある作り手が、よい作品を残せずに埋もれてしまうのは、レコード会社専属という制度が弊害になっている、と指摘する人もあるようだ。

歌手の鈴木三重子は、有名な民謡歌手・鈴木正夫(初代)の三女であった。二人は『愛ちゃんはお嫁に』の大ヒットしたこの年、昭和31年の大晦日の、第7回NHK紅白歌合戦に親子で出場したのである。

三重子は初出場で、正夫の方は5回目の出場。三重子は翌年もう一度出場の機会を得るが、正夫はこれが最後の出場で、1回限りの実現だった。

親子同時出場は史上初めてのことで、この後は今から10年前の、平成15年の第54回紅白の、森山良子、直太朗親子まで、47年間果たされていない。

鈴木三重子は、この後に『愛ちゃんはお嫁に』とは、男女まったく反対の立場からの歌を歌っている。タイトルは『兄さは東京で嫁もろた』。面白いからご紹介したい。

作詞は萩原史朗、作曲は久慈ひろし。この二人は、その後も組んで石原裕次郎の歌を多く手がけた人たちである。

1.
兄さは東京で嫁もろた

棗(なつめ)の花の咲く道を

兄さが来る来る二年ぶり

仕立て下ろしの背広着て

あんな綺麗な人連れて

おらン事など知らん顔

2.
今まで待った甲斐もなく

兄さは東京で嫁もろた

そんな噂を聞くたびに

まさかまさかと思ったに

おらに内緒で嫁もろた

3.
兄さは東京で嫁もろた

祭りの晩の約束を

兄さはどうしてくれるのか

おらはやっぱりバカだった

白い花びら散る下で

一人隠れて泣くばかり


ここでいう「兄さ」とは実兄のことではなく、「近所に住んでいたお兄ちゃん」ぐらいの、他人のことを言っているのであろう。「愛ちゃん・・・」と表裏一体の、男女の恨み節である。

二人とも、それぞれの相手に対して「うそつき!!どうしてくれるんだよう」と、強くなじっている。けれども、双方の相手ともに、歌の主人公たちにはそれほど強く思いを寄せてなかったことが、読んで(聴いて)とれるのだ。

古今東西、永遠に繰り返される風景だが、なぜかしみじみと哀しいと感じるのは、私が年を重ねてしまったせいか。

鈴木三重子は『愛ちゃんはお嫁に』の大ヒットで、その翌々年の昭和33年に、時の外務大臣・藤山愛一郎、美容界のパイオニア・山野愛子とともに「愛ちゃんの会」なる会を結成した。

それは、三重子にとっては特筆すべきできごとだったが、藤山愛一郎と山野愛子にとっては些細なことだったと想像する。

彼女は、その後しばらくしてヒット曲に恵まれなくなり、第一線に戻ることはなく、地方巡業の歌手になっていくのである。これもまた、永遠に繰り返される風景だが、やはりしみじみと哀しいものである。

-…つづく

 

 

第234回:流行り歌に寄せて No.44 「しあわせはどこに」~昭和31年(1956年)

このコラムの感想を書く

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー



第201回:流行り歌に寄せてNo.13
「星影の小径」~昭和24年(1949年)

第202回:流行り歌に寄せてNo.14
「午前2時のブルース」~昭和24年(1949年)

第203回:流行り歌に寄せてNo.15
「長崎の鐘」~昭和24年(1949年)

第204回:流行り歌に寄せてNo.16
「水色のワルツ」~昭和25年(1950年)

第205回:流行り歌に寄せてNo.17
「熊祭(イヨマンテ)の夜」~昭和25年(1950年)

第206回:流行り歌に寄せてNo.18
「買い物ブギー」~昭和25年(1950年)

第207回:流行り歌に寄せてNo.19
「サム・サンデー・モーニング」~昭和25年(1950年)

第208回:流行り歌に寄せてNo.20
「東京キッド」~昭和25年(1950年)

第209回:流行り歌に寄せてNo.21
「ミネソタの卵売り」~昭和26年(1951年)

第210回:流行り歌に寄せてNo.22
「野球小僧」~昭和26年(1951年)

第211回:流行り歌に寄せてNo.23
「上海帰りのリル」~昭和26年(1951年)

第212回:流行り歌に寄せてNo.24
「リンゴ追分」~昭和27年(1952年)

第213回:流行り歌に寄せてNo.25
「ゲイシャ・ワルツ」~昭和27年(1952年)

第214回:流行り歌に寄せてNo.26
「テネシー・ワルツ」~昭和27年(1952年)

第215回:流行り歌に寄せてNo.27
「街のサンドイッチマン」~昭和28年(1953年)

第216回:流行り歌に寄せてNo.28
「想い出のワルツ」~昭和28年(1953年)

第217回:流行り歌に寄せてNo.29
「君の名は」~昭和28年(1953年)

第218回:流行り歌に寄せてNo.30
「高原列車は行く」~昭和29年(1954年)

第219回:流行り歌に寄せてNo.31
「お富さん」~昭和29年(1954年)

第220回:流行り歌に寄せてNo.32
「岸壁の母」~昭和29年(1954年)

第221回:流行り歌に寄せてNo.33
「野球拳」~昭和29年(1954年)

第222回:流行り歌に寄せてNo.34
「この世の花」~昭和30年(1955年)

第223回:流行り歌に寄せてNo.35
「月がとっても青いから」~昭和30年(1955年)

第224回:流行り歌に寄せてNo.36
「カスバの女」~昭和30年(1955年)

第225回:流行り歌に寄せてNo.37
「ガード下の靴みがき」~昭和30年(1955年)

第226回:流行り歌に寄せてNo.38
「銀座の雀」~昭和30年(1955年)

第227回:流行り歌に寄せてNo.39
「ジャンケン娘」~昭和30年(1955年)

第228回:流行り歌に寄せてNo.40
「別れの一本杉」~昭和30年(1955年)

第229回:流行り歌に寄せて 番外編1-1
~昭和20年代を振り返って

第230回:流行り歌に寄せて 番外編1-2
~昭和20年代を振り返って その2

第231回:流行り歌に寄せて No.41
「ここに幸あり」~昭和31年(1956年)

第232回:流行り歌に寄せて No.42
「若いお巡りさん」~昭和31年(1956年)


■更新予定日:隔週木曜日



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【イビサ物語
 【亜米利加よもやま通信 】 【ギュスターヴ・ドレとの対話 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

    

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2019 Norari