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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第211回:流行り歌に寄せてNo.23 「上海帰りのリル」~昭和26年(1951年)

更新日2012/05/24

私の父は、戦時中、中国の東北区(旧満州)に渡り、日本での国語の教師になるための学校に入り学習を続けていた。しかし、日本が敗戦国になったためすべてが崩壊し、命からがら日本に帰ってきたという経験を持っている。

帰国したのは父がまだ15歳のことで、かなりの辛苦があったことは想像に難くないが、それでも中国の人々には大変良くしていただいたらしく、父は40歳代から10回を超える回数、中国旅行をしている。初めは一人で行っていたが、後半からは母を伴っての旅行だった。

それだけ、父は中国行きが人生の中での大きな楽しみになっている(現在は父母ともに高齢で、なかなかそれが叶わないが、気持ちは残っているのだろう)のだが、息子の私はそれを受け継いでおらず、中国に行きたいという思いはほとんどない。

ただ、一ヵ所だけ行きたい場所を挙げなさいと言われれば、私は「上海」と答える。現在の高層ビルの林立振りにも少し興味があるが、四馬路(スマロ)や虹口(ホンキュ)などの旧租界にあった歓楽街を訪ねてみたいと思うからだ。そのことは、この「流行り歌に寄せて」のコラム、No.6 『夜霧のブルース』の項でも少し触れたことがある。

「上海帰りのリル」 東条寿三郎:作詞 渡久地政信:作曲 津村謙:歌
1.
船を見つめていた ハマのキャバレーにいた

風の噂はリル 上海帰りのリル リル

あまい切ない思い出だけを 胸にたぐって探して歩く

リル リル どこにいるのかリル だれかリルを知らないか

2.
黒いドレスを見た 泣いていたのを見た

戻れこの手にリル 上海帰りのリル リル

夢の四馬路(スマロ)の霧降る中で なにもいわずに別れたひとみ

リル リル 一人さまようリル だれかリルを知らないか

3.
海を渡ってきた ひとりぼっちできた

のぞみすてるなリル 上海帰りのリル リル

くらい運命(さだめ)は二人で分けて 共に暮らそう 昔のままで

リル リル 今日も逢えないリル だれかリルを知らないか


ところで、「上海」と「リル」という組み合わせは、どうやらこの歌が初めてではないらしい。大分前に先輩がいて、この歌の発売から18年遡った昭和8年、アメリカのミュージカル映画『フットライトパレード』の劇中歌として喜劇役者のジェームズ・ギャグニーが『上海リル』という歌を、タップ・ダンスを踊りながら歌っているのだそうだ。

H・ワーレンという人が曲を書いた『上海リル』は、当時の日本人の音楽愛好家にはかなり人気があったらしい。いろいろな人が訳詞をし、昭和9年からわずか5年の間に、10人の歌手が同タイトルのレコードを出したというのだから、大ヒット現象である。

その元祖とも言うべき唄川幸子の歌う『上海リル』。服部竜太郎の訳詞の歌い出しは、「街という街から 丘という丘を あちらをも又こちらも 探すは上海リル」……  『上海帰りのリル』の作詞者、東条寿三郎の頭の中に、この訳詞が鮮明に残っていたのは間違いのないところだろう(以上は、ネット通信「昭和初期の映画主題歌あれこれ 昭和9年(その5)」を参照させていただいた)。

さて、天鵞絨(ビロード)の歌声と呼ばれた歌手・津村謙、その芸名はかの戦時中映画の話題作『愛染かつら』の主人公・津村浩三の「津村」と、その役を演じた上原謙の「謙」からいただいたというのだから、何だか間に合わせのような感じがするが、芸名というのはそういうものかもわからない。

彼は同じ年に、同じ東条、渡久地コンビと組んで『東京の椿姫』をヒットさせるが、翌年から再びリルの名を口にすることになる。そもそも『上海帰りのリル』が出てからというもの、競合のレコード会社他社から「リル・ソング」がいくつか出されたらしい。しかし、そのどれもが津村を凌ぐことができなかった。

彼は、翌年の昭和27年には「リルを探してくれないか」、そして翌々年の昭和28年には「心のリルよなぜ遠い」とリルの名を呼び続ける。すると、それに返ってくる声があった。いわゆるアンサー・ソングが次々と出てきたのだ。

その昭和27年と昭和28年に4人の歌手(女優の人も)が津村の呼びかけに応えた。
「私がリルよ」 三条美紀
「私が銀座リル」 三条町子
「霧の港のリル」 久慈あさみ
「私がリルの妹よ」 三鳩ひとみ

さすがに妹の登場はどうかと思うが、面白い視点であることは間違いない。画像も音源もなく、詞の内容さえ今回はわからなかったが、一度聴いてみたい気がする。

また、三条美紀、久慈あさみという有名な女優が歌っているのも興味深い。その「リル役」の二人、三条美紀は後に向田邦子のテレビドラマ『阿修羅のごとく』で、久慈あさみは後に東宝映画・森繁の社長シリーズで、前者はシリアスに、後者はコミカルに夫の浮気に悩む妻の世界を演じているのである。

-…つづく

 

 

第212回:流行り歌に寄せてNo.24 「リンゴ追分」~昭和27年(1952年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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