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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第214回:流行り歌に寄せてNo.26 「テネシー・ワルツ」~昭和27年(1952年)

更新日2012/07/12

前回の「ゲイシャ・ワルツ」が、不思議なことに江利チエミの「テネシー・ワルツ」に対抗して作られた曲と言うことなので、それではご本家のことを調べて書いてみようということになった。

ご存知の通り、原曲はアメリカ合衆国のカントリー調の曲で、1946年に、下記の作者により作られた。ハンク・ウイリアムズ他いろいろなカントリー系の歌手によって歌われているが、何と言っても有名なのは1950年のパティ・ペイジによる録音である。

家計を支えるため、12歳から進駐軍キャンプ回りをしていた江利チエミが、一人の進駐軍兵士からプレゼントされたレコードが、その"Tennessee waltz"だった。彼女はこの曲でデビューを果たすと心に決め、レコード会社のオーディションを受け始めた。

ところが現実はかなり厳しいもので、どの会社からも不合格の通知しか受けることができない。背水の陣で臨んだキングレコードのオーディションにようやく合格したのが、江利の14歳の時のことだった。

「テネシー・ワルツ」 R.Stewart:作詞 P.W.King:作曲 和田壽三:訳詞 江利チエミ:歌

I was waltzing with my darlin' To the Tennessee waltz

When an old friend I happened to see

I introduced her to my love one And while they were waltzing

My friend stole my sweetheart from me

さりにし夢 あのテネシー・ワルツ
 
なつかし愛の唄

面影しのんで 今宵もうたう

うるわし テネシー・ワルツ


思い出なつかし あのテネシー・ワルツ

今宵も ながれくる

別れたあの娘よ いまはいずこ

呼べど 帰らない

I remember the night and Tennessee waltz

Only you know how much I have lost

Yes, I lost my little darlin' The night they were playing

The beautiful Tennessee waltz


けれども、よく考えてみれば、これはとても凄いことだと思う。まだ12歳の少女が、家族の生活のために、見るからにごつい進駐軍の兵士の前で歌を歌ってお金を稼ぐ。そして、一人の兵士からプレゼントされたレコードの歌に惚れ込み、それを自分の声でレコーディングしようと奔走する。

そして、パティ・ペイジが録音してから2年経たないうちに、ようやく15歳になろうとするくらいの少女が、大人たちを納得させ、現実にレコーディングを果たす。しかも、そのデビュー曲が大ヒットしてしまうのである。

昭和12年1月11日生まれの江利は、同26年11月に吹き込んだために、キングレコードとしては、「14歳の天才少女」として売り込みたかったらしい。ところが、レコードの発売は同27年1月23日。

すでに15歳になっていたために、そのコピーでは嘘になるとの江利の申し出で、レコード会社も折れたとのことである。江利チエミの性格がよく表されたエピソードだと思う。

さて、大雑把な歌詞の意味は、「私がテネシー・ワルツを恋人と踊っているとき、私の旧友が来たので、友人を紹介したら、その友人に恋人を盗まれてしまった……」というようなもの。

男性歌手が歌えば、主人公は男性に、女性歌手が歌えば、主人公は女性になる歌だと思うが、なぜか江利の歌う訳詞では、主人公が男性になっている。

さらに面白いのは、パティ・ペイジらの歌う原曲と、英語の歌詞が微妙に違っていることである。これは何か意図があったのか。

江利版  I was waltzing with my darlin'
ペイジ版 I was dancing with my darlin'
同様に、
江利版   And while they were waltzing
ペイジ版  And while they were dancing

どうして、waltzingにしなくてはならなかったのだろう。

また、こちらは決定的に、
江利版  Only you know how much I have lost
ペイジ版 Now I know just how much I have lost

江利版は、「君だけが、私がどれだけのものを失ったかを知っている」なのに対し、ペイジ版は、「今、私はまさにどれだけのものを失ったかを知る」となる。曲全体の雰囲気を少し変えてしまうような違いだが、どなたか、その理由をご存知の方はいらっしゃらないだろうか。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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