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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第204回:流行り歌に寄せてNo.16 「水色のワルツ」~昭和25年(1950年)

更新日2012/01/26

私が、二葉あき子の『フランチェスカの鐘』についてこのコラムに書いたのは、昨年6月の末日のことである。それからひと月半後の、8月16日、彼女は心不全でこの世を去った。行年96歳。それは、彼女の運命を大きく動かし、『フランチェスカの鐘』を歌い続けるきっかけとなった、広島の原爆投下から、66年と10日後のことだった。

私にとっては、彼女の二つ目の曲の紹介を、今度は亡くなった後にご冥福を祈りつつ書くことになった。大変に美しいワルツで、多くの人の心を捉え、当時大ヒットした『水色のワルツ』について書いていきたい。

「水色のワルツ」 藤浦洸:作詞 高木東六:作曲 二葉あき子:歌
1.
君に逢ううれしさの 胸にふかく

水色のハンカチを ひそめるならわしが

いつの間にか 身にしみたのよ

涙のあとをそっと かくしたいのよ

2.
月影の細道を 歩きながら

水色のハンカチに 包んだささやきが

いつの間にか 夜霧にぬれて

心の窓をとじて しのび泣くのよ

(ピアノ独奏による間奏)
心の窓をとじて しのび泣くのよ
 

作詞の藤浦洸が、前々回ご紹介した『象印歌のタイトルマッチ』の審査員なら、作曲の高木東六は『家族そろって歌合戦』の審査委員長を長らく務めた人として、私の記憶にしっかり残っている。

その高木は、大の歌謡曲嫌いで有名であったそうだ。実際に、この曲を含めて数曲しか、歌謡曲には曲を提供していない。この曲の中でも長いピアノ独奏の部分を自らが弾き、「謡」の字を抜いた、まるで歌曲のような雰囲気を醸し出している。

実は、高木は戦時中、長野県の伊那に疎開しているとき、天竜川の畔を散策していてこの曲が浮かんだのだという。そして、戦後、これを聴く機会を得た藤浦洸が、そのメロディーの美しさに惹かれて詞をつけている。

その詞だが、多くのこの頃の歌謡曲にあるように、かなり難解である。殊に2番が解釈しにくい。月影の細道を歩いているのが、愛しい人と二人なのか、デートの帰りで一人なのか、はたまた失恋した後に一人述懐しながら歩いているのか。

いろいろと調べてみたが、答えらしいものは見つからなかった。「どうぞ解釈はご自由に、雰囲気を味わってください」と洸先生は仰っているのかも分らない。

以前に、藤浦、高木、二葉の三氏があるテレビで共演されたとき、洸先生はその作詞の姿勢を問われ、「私はやさしい言葉でやさしい心を書く、そう心掛けております。それが私の詞です」と答えておられた。ここで言われた「やさしい」というのは、「優しい」ということであり、「易しい」ではないだろう。

さて、私の店に来てくださっているお客さんで、私よりも6、7歳先輩の女性がいらっしゃる。彼女は、私の愚息が通った高等学校の大先輩でもあるが、その高等学校時代、学園祭か、体育祭だったか、何かの行事の際、女子生徒全員でこの『水色のワルツ』に合わせて踊ったことがあるそうだ。

大雑把に昭和40年代の前半のことだと思うが、すでにもう随分「懐メロ」の域に達していたであろうこの曲を、女子生徒が踊るとは少し特異な感じかな、あるいは長い伝統としてこの曲を踊っていたのか、などと考えてみる。今度いらっしゃったときは、その辺りのことを、もう少し詳しく聞いてみようと思う。

ただ、夕闇近い校庭で、多くの女子生徒たちが、静々とこの曲に合わせてワルツを踊っている様子を想像してみたとき、何か幻想的で厳かな感じがして、とても憧れてしまうのだ。古い奴だとお思いでしょうが。

-…つづく

 

 

第205回:流行り歌に寄せてNo.17 「熊祭(イヨマンテ)の夜」~昭和25年(1950年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


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