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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
第210回:流行り歌に寄せてNo.22 「野球小僧」~昭和26年(1951年)

更新日2012/05/04

今年のプロ野球、開幕してひと月あまり経過したが、パ・リーグは北海道の日本ハムが順調に飛ばし、セ・リーグは我がドラゴンズとヤクルトの調子が良いようである。かつて巨人軍のホットコーナー獲得にしのぎを削った両雄が、今はセ・リーグの熾烈な最下位争いを演じているのも微笑ましい。

あまり意地悪なことを書くと、該当球団ファンからお叱りを受けそうだから止しておくが、スター選手たちの多くがメジャーリーグに移籍してしまい、今年はダルビッシュも国内から姿を消したにもかかわらず、それでも日本人の野球熱は冷めることはない。

娯楽が野球とあと少しのものに限られていた時代ほどではないにしても、夥しい数のファンが球場に足を運び、テレビで、ラジオで、そしてネットでそのプレーに一喜一憂している姿が、以前と変わりなくあるのだ。

「野球小僧」 佐伯孝夫:作詞 佐々木俊一:作曲 灰田勝彦:歌
1.
野球小僧に逢ったかい 男らしくて純情で

燃える憧れスタンドで じっと見てたよ背番号

僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボーイ

朗らかな 朗らかな 野球小僧
 
2.
野球小僧は腕自慢 凄いピッチャーでバッターで

街の空き地じゃ売れた顔 運が良ければルーキーに

僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボーイ

朗らかな 朗らかな 野球小僧

3.
野球小僧が何故くさる 泣くな野球の神様も

たまにゃ三振エラーもする ゲーム捨てるな頑張ろう

僕のようだね 君のよう オオ マイ・ボーイ

朗らかな 朗らかな 野球小僧


娯楽というものが野球に相撲、そして映画ぐらいしかなかった時代の、まさに「大野球賛歌」である。聞いている方が浮き浮きしてきて、グローブを嵌めたり、バットを振ってみたりしたくなるような、躍動感が、この歌にはあるのだ。

当時、国民の多くが野球を大好きなその中で、芸能人に於いてはその野球好き振りが人後に落ちないと自他共に認められるのが、灰田勝彦だという。

自らも、歌のバックバンドのメンバーたちなどとチームを組み、還暦を過ぎてもなおピッチャーとしてマウンドに立っていた。とにかく、「歌の合間に野球をするのか、野球の合間に歌を歌うのか」と言われるほどの狂いようだったらしい。

後年の映像であるが、You Tubeで見ることができる、野球小僧を歌う彼の、間奏のあいだに見せる投球フォームは、なかなかにダイナミックである。彼の数多くいる野球人の知己の中でも、「義兄弟」と呼び合った仲の大投手、別所毅彦を彷彿させるものがある。

立教大学の後輩である長嶋茂雄や、さらには王貞治との親交も深いようだ。王選手には、彼が756号のホームラン世界記録を樹立した年の昭和52年、彼に捧げる歌として『燃えるホームラン王』を自ら作曲し、歌っている。

長嶋茂雄は後輩としてよく目を掛けていたようである。因みに、野球小僧が発表された昭和26年は、長嶋が佐倉中学から佐倉第一高等学校へ進学した年であり、まさに当時「野球小僧」であった長嶋少年がオーバーラップするような気がする。

昭和57年10月26日、肝臓ガン治療のために、7カ月前から入院していた半蔵門病院の朝食後に、「おい、1時になったら日本シリーズをつけてくれ」と家人に野球放送についてことづけたのが、灰田勝彦の最後の言葉になったという。いかにも野球好きな彼らしいエピソードである。そう言った後、間もなく容態が急変し、ご家族の見守られる中で帰らぬ人となった。

多くの知り合いがいる巨人はもちろん好きだが、南海ホークスの応援歌も吹き込み、「広島東洋カープを優勝させる会」にも参加していたという彼は、本当に広く野球を愛していたのだろう。

因みに、灰田勝彦が観戦したかったその日の日本シリーズのゲームは、西武対我がドラゴンズ戦であった。10月23日に日本シリーズは開幕し、ドラゴンズは23日、24日の2連戦を地元ナゴヤで落とし、敵地西武球場へとやってきてのゲーム、もし敗れれば王手を掛けられた大切な試合だったのだ。

結果は、ドラゴンズが、都裕次郎、鈴木孝政、牛島和彦の継投で4-3と、何とか逃げ切って後の試合に希望をつなげた。

もし、灰田勝彦がそのままこのゲームを観ていることができたら、どうコメントしてくれたことだろう。

「よし、中日がひとつ勝ったか。これで面白くなってくるぞ。やっぱり野球はこうでなくっちゃな」。野球好きの彼のことだから、こんなふうに思ってくれるような気がするが、さてどうだったのだろうか。


野球小僧 灰田勝彦 本人映像 http://www.youtube.com/watch?v=XcsYrSwiexQ

-…つづく

 

 

第211回:流行り歌に寄せてNo.23 「上海帰りのリル」~昭和26年(1951年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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