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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第398回:東海道東進の悩み - 東海道本線 豊橋 - 静岡 -

更新日2011/11/10


夕食用に買った駅弁は『ちくわ稲荷寿し』だった。妙な取り合わせだと思う。しかし豊橋の名物は竹輪だという。もうひとつ、ちょっと離れているけれど、豊川稲荷の稲荷寿司もご当地名物に加えていいかもしれない。だから『ちくわ稲荷寿し』はご当地駅弁というわけだ。

私にとって豊橋名物といえば、路面電車と駅前地下の巨大な駐輪場だった。とくに駐輪場はすごい。全国の自治体の担当者は、いやそうではない人も見物の価値がある。自転車ファンなら歓喜するに違いない。私が管理人なら、こっそり駐輪饅頭や駐輪せんべいを売り出して小遣いを稼ぐだろう。

そして最近、私の心に残った豊橋名物は『ブラックサンダー』である。コンビニの駄菓子コーナーで売っているチョコクッキーだ。全国に出まわっており、販売元の本社は東京だけど、豊橋にメインの工場がある。その縁で、豊橋限定のブラックサンダーもあるらしい。


ブラックサンダーファミリー
この限定版が豊橋にあるという

いきさつはこうだ。菓子屋の社員が出張で工場に行き、帰りに土産を……と思ったら、菓子類は浜松のうなぎパイばかりだった。豊橋名物の菓子はないのか。ならば豊橋名物をつくろうと、『豊橋ブラックサンダーミニ』という限定版を出した。中身は同じらしいけど、個包装袋に豊橋に関する写真が使われているという。

そこで豊橋駅構内の売店を探したけれど見当たらない。iPhoneで公式サイトを見ると、新幹線駅内売店限定と書いてある。だからわざわざ新幹線駅の入場券を買って探したけどなかった。売店のオバチャンに聞いたら「チョコレートだから夏場はお休みなのよ」といわれた。がっかりである。

がっかりしたら腹が減った。しかし稲荷寿司の包みを開ける場所はない。そういえば、あちらこちらに『豊橋カレーうどん』というノボリが立っている。これも新たな豊橋名物らしい。近頃流行りのB級グルメってやつだ。調べたら、豊橋のうどん屋は自家製麺率が高いという由来だそうで、工夫といえば丼の底にご飯ととろろを敷き、その上にうどんを載せ、カレー汁をぶっかけるという。

美味そうだ。どこにある。あれ、ノボリはあってもうどん屋はない。詐欺だ。富士宮やきそばは富士宮駅の改札前にあったのに……。駅の立ち食いそば屋があるけれど、こちらにには豊橋カレーうどんの表示がない。こんなところで自家製麺を出すはずもなく、たぶん普通のカレーうどんだろう。でも、私の頭と胃袋はカレーうどんを欲している。汗をかきながらカレーうどんをすすった。やっぱり、ご飯もとろろも入っていなかった。


豊橋駅の普通のカレーうどん

夏の夕暮れ、最後の力で駅構内を彷徨い、熱いうどんを腹に入れた。フラフラである。でも、ここからは鈍行を乗り継ぐ帰り道。座席を見つけ、ただひたすら東へ向かうだけである。日没まで豊橋にいても、鈍行を乗り継いでも、終電で日付が変わる前に東京に帰れる。だから明るいうちは現地滞在可能。新幹線に乗らなくても充実した旅ができる。いい気分だ。ランナーズ・ハイならぬ鈍行ハイであった。

東海道本線の鈍行で東京に行く時、いつも列車の選択に迷う。今どき、名古屋や豊橋から東京まで直通する鈍行列車はなくて、浜松、静岡、沼津、熱海のどこかで乗り継ぐ必要がある。これは各都市の最適な時間帯に運行しようという配慮であり、とくに熱海はJR東海とJR東日本の境界でもある。乗り継ぎも考慮されているけれど、ここで選択に幅がある。各駅間の運行間隔が異なるからだ。

ざっくり説明すると、豊橋―浜松間の運行本数は30分間隔、浜松―静岡間の運行本数は20分間隔、静岡―沼津間も20分間隔。しかし、沼津―熱海間は1時間間隔である。かつては国の大動脈だった東海道本線も、今となってはローカル線の扱いである。悩みどころは浜松駅で「数分後に発車する列車に乗るか、1本待つか」だ。どちらを選んでも、結局、熱海発東京行きは同じ列車になる。

浜松駅で数分後の列車は座れない。帰宅時間帯でもあるし、豊橋からの列車が浜松に着く頃には席が埋まっている。後発を待てば確実に座れる。しかし、熱海駅の到着が1本遅くなり、熱海発の列車でクロスシートに座れないかもしれない。JR東海はほとんどロングシートだけど、JR東日本の熱海発は少しだけクロスシートがある。旅の最後はクロスシートで締めくくりたい。

立つ覚悟で浜松から早い列車に乗れば、熱海にも早く着き、クロスシートを得る可能性は高い。しかし、せいぜい1時間の辛抱とはいえ、疲れた身体で吊り革にぶら下るとはツライ。さて、いったいどっちを選べば不満が少ないか。まあ、こんなことを考えるほど疲れているわけである。

浜松駅に着くと、そこはやはり混雑しており、私の足は止まってしまった。座りたい。次の列車に乗ろう。身体は正直だ。しかし、私はここで選択を間違えた。身体にムチを打ってでも、先発に乗るべきだった。さっき伊勢湾フェリーを高波で揺さぶった台風12号が、今度は雨雲を日本列島に押し当てようとしていた。この時の私は、前途に暗雲が立ち込めていると気づいていない。

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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