第352回:トンネル駅に降り立つ -海峡線・竜飛海底駅-
健康優良児だった私は、食べ物屋のそばを通るたびに「食べたい、食べたい」と駄々をこね、母を困らせた。40年経った今、立場が逆転している。"白鳥3号"
に乗ろうとしたら、母が、「駅弁は買わないの?」と言った。この列車は11時57分発。竜飛海底着は12時44分頃の予定だ。弁当を食べる時間はあるけれど、ちょっと慌ただしい気もする。それに
"あけぼの" 車内で駅弁を食べた。ふだん食べない朝食であった。母にとって、列車の旅と駅弁は切り離せないようだ。まあ、それは正しいことではある。しかし、今回は我慢してもらおう。
特急 "白鳥3号" で青函トンネルへ。
青森と函館を結ぶ昼間の特急列車は "白鳥" と "スーパー白鳥" の2本立てだ。違いは使用する車両だ。"白鳥"
は国鉄時代に製造した485系をリフォームした電車で、"スーパー白鳥" はJR北海道が新製した789系電車である。そういえば1年前に期せずして両方とも乗ったと思い出す。新しい方が気持ちいいけれど、この485系改造車も悪くない。照明や荷物棚の構造は古いけれど、シートや内壁は新しい素材になっている。
私たちは2号車の自由席に座った。竜飛海底駅での乗降は2号車に限られているからだ。2号車の客は数人ほどだった。意外と少ない。きっと平日だから観光客が少なく、竜飛海底駅で降りる人も少ないと言うことだろう。空いていることは鉄道会社には厳しいけれど、旅人にはありがたい。椅子を回転させて、4人分をゆったりと使わせて頂く。
485系のリフォームされた車内。
津軽海峡線は青森と函館を結ぶ路線の相性で、青森から中小国駅の少し先までは津軽線である。津軽線は青森駅の少し先から蟹田まで陸奥湾沿いに走る。八甲田丸付近で私たちを照りつけた太陽が、海を青く輝かせていた。「あれは北海道かしらね」と母が指さす。たしかに水平線上に島のような模様がある。しかしあれは下北半島の突端である。やや霞んで見えるけれど、きっと秋の澄んだ空気ならくっきり見えるだろう。
陸奥湾の向こうに下北半島が見える。
青函トンネルは複線で造られたけれど、その前後は単線である。津軽線も単線で、"白鳥3号" はどこかの駅で各駅停車とすれ違った。本来は停車駅ではないはずの蟹田にも停まった。ホームの反対側は北海道行きの貨物列車で、その向こうは青森行きの
"白鳥18" だ。3本のホームに3本の列車が並んでいる。津軽線はなかなか忙しい路線のようだ。それでも津軽海峡線の整備と同時に複線化しなかった。青函トンネルは新幹線のためのトンネルで、新幹線か開業したら在来線の本数は激減する。悲しいが、津軽線には投資すべき将来はない。
蟹田で列車が並ぶ。
中小国駅は津軽線と海峡線の分岐駅で、JR北海道とJR東日本の境界でもある。しかし特急 "白鳥"
をはじめ特急列車はすべて通過してしまう。ただしその先の駅ではないところには停まる。中小国信号場といって、ここが線路の分岐点である。左側の線路は津軽線の三厩方面である。右側にも2本の線路がある。対向列車を待ったり、長編成で遅い貨物列車を待避させたりするためだ。待避もすれ違いも蟹田で済ませたから、いまは
"白鳥3号" しかいない。海峡という "難所" に挑むために、息を整えているような趣がある。
中小国から複線区間。
ここから先は海峡線だ。世界一の鉄道トンネルを有する路線である。中小国信号を出て、高架橋を渡るとトンネルに入る。いよいよ海峡か、と思うと、すぐにトンネルが終わる。とんだ肩すかしである。またトンネルで、今度こそ、と思うとまた終わる。しかも駅まであって、津軽今別とあった。ここはさっき別れた津軽線と再び交わる駅である。まだまだ海峡は先だ。この先でトンネル、また外に出てトンネルの繰り返し。青函トンネルの入り口の写真を撮ろうとしているけれどハズレばかりで、母と笑うしかなかった。この母は、さっき下北半島を北海道と勘違いした人である。親子だなと思う。
津軽今別付近で津軽線と交差する。
今度はトンネルの出口が来ない。やっと青函トンネルに入ったようだ。しばらくすると車内放送があって、竜飛海底駅で降りる人は2号車に集合するようにと伝えられた。竜飛海底駅で降りられる人は予約券を持った人だけだとも案内された。すると、前後の車両から年寄りのグループがやってきた。予め2号車にいなくても見学者はたくさんいた。団体客やグループ客は指定席にいたようだ。年寄り夫婦の奥様が、「ここでいいのかしら」と不安そうに言うので、「ここですよ」と応えた。安心したようだが、「何度かいらしてるんですか」の問いに、「私も初めてですよ」と言うと、また不安が始まってしまった。車掌室をノックして確認している。ああそうか、ここに車掌室があるから2号車を使うのか、と思った。
青函トンネル入り口……たぶん。
"白鳥3号" はトンネルの中でスピードを落とし、蛍光灯の明かりが続くところで停まった。竜飛海底駅とはいっても、広大なホームがあるわけではなかった。犬走りのように狭いホームがあって、ちょうど2号車の扉の前に通路の入り口があった。そこには見学者を迎える係の人がいて、降車客の足下に気を配っていた。見学整理券の改札はなかった。あとでやるのだろうと思ったけれど、結局、帰途に就くまで整理券を出す機会はなかった。ただし人数は確認していたから、数が合わなかったときだけ確認するのだろう。
竜飛海底駅のホームは狭い。
私たちはホームから誘導されて、側道のようなトンネルに移動した。ここは作業坑といって、本来は緊急時の避難通路である。ここで係員から注意事項やトンネルのあらましなどを聞く。同時に鞄を預ける。トンネル見学や地上の散歩に泊り道具はいらないから、これは助かる。金網製の棚に荷物を入れて、鍵をかけられた。係員の話は長い。話を聴いている間にゴーという音が聞こえて、通路を覗くと貨物列車が通り過ぎた。さっき蟹田で追い越した列車だ。しばらくして今度は反対方向にも貨物列車が通った。私も含め、何人かはその様子にカメラを向けた。
「帰りの方がもっと時間がありますから」と係員が言った。
見学の前に荷物を預ける。
-…つづく
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