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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第357回:特急かもしかの怨念 -特急スーパー白鳥+東北新幹線はやて-

更新日2010/11/25


森駅から各駅停車で函館に戻った。次に乗る『白鳥18号』の発車まで約1時間あった。昼食用の駅弁を買い、土産屋を巡った。今後の日程は、青森に着いたら特急『かもしか』で弘前へ向かい、弘南鉄道の全線を踏破して、寝台特急『あけぼの』で帰るという段取りだ。まだまだ動き回る予定のくせに、土産で荷物を増やしてしまった。今思えば、私たちはなにか予感があったかもしれない。


函館駅「大沼黒牛飯折」

『白鳥18号』が海底を通り抜け、乗客たちが景色をまぶしく感じたときだった。車内放送が気になる言い方をした。「奥羽本線は大雨のため列車が遅れております。乗り継ぎの際は駅の案内をご確認ください」 妙だ。列車無線や携帯電話が発達しているから、列車の遅れや運休の情報は車掌に正確に伝わるはず。ところが車掌には詳しい情報が伝えられていない。悪天候や遅れがあるという情報だけは伝わった。つまり、状況が刻々と変化して、現在の情報が、青森駅に着くまでに変わる可能性がある。


こちらは母の「鰊みがき弁当」

青森駅付近は晴天だった。各駅停車の弘前行きに乗ってもよかったけれど、私はその後の特急『かもしか』に乗りたかった。この列車は面白いエピソードがあって、運行開始から何年も経った後で、ヘッドマークの絵がカモシカではなくエゾシカではないかという疑惑が持ち上がった。北海道の鉄道ファンの指摘だった。

私の予想だが、おそらく彼は当初、JRのお客様窓口に伝えたのではないか。ところが企業の窓口は、軽度の苦情に対しては定型の挨拶しか返さない。そこで彼は、地域の新聞社に検証してほしいと投稿したのだろう。企業にとっては軽度の苦情でも、新聞社にとっては格好の穴埋め材料だ。軽度だから企業攻撃にも当たらない。「かもしかのヘッドマークはエゾシカ」という話は、お笑いネタとして実際の鹿の写真とともに地方紙に掲載され、さらにネット版に転載されて全国に知れ渡った。

そんなネタ列車、特急『かもしか4号』に乗りたい。それは話の種だけではない。直近の13時03分の普通列車は弘前どまり。しかし13時46分発の『かもしか4号』に乗ると、その先の大鰐温泉へ行ける。大鰐温泉で弘南鉄道大鰐線に乗り、弘前で弘前線に乗りついで全線を踏破すると、そこから帰りの『あけぼの』までの接続がうまくいく。

それに、『かもしか』という列車自体が絶滅の危機にあると予想する。もうすぐ東北新幹線が新青森に到達する。八戸から北海道へ接続する『白鳥』『スーパー白鳥』は新青森発着に短縮されるだろう。八戸と青森を結ぶ『つがる』は廃止になる。ただし、こちらは新型車両のE751系を投入している。一方、青森と秋田を結ぶ『かもしか』は国鉄時代に製造された485系だ。新幹線の開業を好機として、E751系を青森と秋田を結ぶ特急に転用し、485系を淘汰。ついでに『つがる』の列車名も流用すれば、ケチの付いた『かもしか』の名前ともオサラバというわけだ。私がJRの幹部なら絶対にそうする。

ところが、その『かもしか4号』が来ない。冷房の効かない待合室を出て、案内放送に聞き耳を立てると、『かもしか4号』は運休という。弘前と大館の間が豪雨のため不通になっており、折り返し『かもしか4号』となるはずの『かもしか1号』が大館で運転を打ち切られた。現在、同区間はバス代行となっている。ただし、弘前までは通常通り運行する。

向かいのホームには13時51分発の『リゾートしらかみ4号』が発車を待っている。あの列車は弘前まで行き、五能線を経由する。弘南鉄道をあきらめて『リゾートしらかみ4号』に乗れば、秋田で『あけぼの』に乗り継げる。久しぶりに五能線の旅もいいかもしれない。ただし、フリー切符の範囲を超えるので追加料金が必要だ。それとも、このまま『あけぼの』の発車時刻まで待って、晴天の青森を観光してもいい。いやちょっとまて。そもそも今夜、『あけぼの』は運行されるのだろうか。今朝の『あけぼの』は青森に着いているか。


リゾートしらかみも今日は弘前止まり。

いっぺんにいろいろ考えたけれど、まずは詳しい状況を把握する必要がある。私はホームの待合室に母を残し、駅の案内所へ向かった。問い合わせ客の姿はなかった。もともと秋田方面のお客がいないか、すでに問い合わせ客を捌ききったようだ。係員に尋ねると、現在は弘前と大館が不通で、再開の見込みは立っていない。あと5時間で開通できるかも不明とのことだった。五能線も全線で運休となっており、リゾートしらかみは弘前どまりになるという。

今朝の『あけぼの』は大館で運転を打ち切った。大館にはリネン交換などの設備がないため、青森または秋田へ回送しないと運転できない。そんな話をしているそばから電話が鳴り、対応していた若い係員が、「あけぼの運休」と告げた。青森駅は晴天だが、南の山中は大変なことになっているらしい。どうやら『かもしか』のヘッドマークを嗤った罰が当たったようだ。私の旅は終わった。

青森・函館フリーきっぷは、往復経路で東北新幹線と特急の乗り継ぎか『あけぼの』を選択できる。私は『あけぼの』の特急券と寝台券を返し、代わりに『スーパー白鳥22号』と『はやて22号』の特急券を受け取った。もっと遅い時刻の列車にして、せめて弘南鉄道だけでも……とも考えた。しかし、もし奥羽本線の運休範囲が広がれば、青森に戻れなくなるかもしれない。ここはとにかく、青森地域からの脱出が優先だ。「君子危うきに近寄らず」である。この決定をさっそく「賢母」に伝えなければならない。

私はかなり存念そうな表情をしていたと思う。母はひとこと「残念ねぇ」と言っただけだった。そのあっけなさに気が抜けて、私は運命を受け入れられた。今年中には新幹線が開業するから、弘南鉄道はそのときでいい。むしろ、新幹線で青森に来たときに用事ができてよいではないか。それに前回、東北新幹線の盛岡以北を初乗りしたときは夜だった。今日は景色を見られる。在来線の青森と八戸の間も、久しぶりに明るい時間に乗れる。


スーパー白鳥で帰京。


清潔感のある客室。

『スーパー白鳥22号』はJR北海道の新型車両789系である。明るいグリーンを基調とした外観は珍しく、清潔感もあって私の好きな電車のひとつ。室内もカラフルで楽しい。ますます私の機嫌はよくなっていく。母も満足げである。車窓は成長期の水田が広がっている。青い空、白い雲。太陽に照らされた稲の緑の美しさ。奥羽本線の朝も水田を見たけれど、こちらは違った趣がある。


太平洋側は晴天……。

それにしても『あけぼの』の将来は大丈夫だろうか。『あけぼの』の青森発は18時08分。上野着は翌日の06時58分。一方で白鳥32号は18時46分。東京着は23時08分だ。新幹線が青森に到達すれば、青森発はもっと遅くできる。車中で朝を迎えるか、前日夜にホテルに泊まって朝を迎えるかの違いである。これなら特急で帰ってもいいな、と思ってしまう。


八戸駅の大ドーム ホームで雨や雪に濡れない。

いや、東京に住む人は早く帰りたいと思うかもしれないけれど、東京へ用事で行く人には朝着のほうがいいかもしれない。東京のホテルは高いから、寝台料金といい勝負である。私が遠くへ出かけるときと同じ感覚だと思えばいい。旅先で朝からスタートするためには夜行寝台はありがたい。意外とあけぼのの寿命は長いかもしれない。


盛岡は雨……。

八戸駅で新幹線『はやて』に乗り換える。前回の乗り継ぎは夜で慌ただしかったけれど、今回はすこし時間に余裕があって、新幹線待合室から構内を眺められた。新幹線ホームは大きなドーム式屋根に覆われている。天井の構造が幾何学的で美しい。私にとって、八戸は通過駅になりそうだから、この風景を眺める機会があってよかった。


北上あたりで晴れてきた。

『はやて』の車窓は天候の変化が面白かった。晴天の空がどんどん暗くなり、盛岡付近では雨が窓を叩いた。しかし、仙台に着くころには青空を取り戻す。そこから少しずつ風景の青みが増して、列車は東京の夜景のひとつとなった。


仙台の新幹線車両センターを見る。

-…つづく

第357回の行程地図

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2010年08月29-31日の新規乗車線区
JR: 28.5Km
私鉄: 0.8Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,446.6Km (82.34%)
私鉄: 5,457.7Km (78.69%)

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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