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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第382回:とんぼ返りを悔やむ - 阪急箕面線 -

更新日2011/07/14


妙見山は日蓮宗の霊場であり、中心地は眞如寺である。リフトで上ったのち、眞如寺の境内をひと巡りする。スタジオセットのような、小さな街路がある。その由緒ある町並みの手前に、SF映画のようなガラス張りの建物があった。信徒会館というそうだ。その周囲が展望台になっていた。見渡せば遠くに関空や淡路島も見えるという。しかし今日は霞んで見えない。良い天気だと思っても、実際は湿気が多いようだ。景色は残念ながら、風は心地良く、春のモミジの若葉を愛でつつ辞去した。

リフト、ケーブルカーと乗り継いで下山し、妙見口駅に着くとまだ昼前だ。14時30分に京都西院に行く約束だから、あと2時間ちょっとである。梅田からだと1時間くらいだったから、あと1時間半の猶予がある。妙見口発11時54分の電車に乗って川西能勢口に12時19分着。同25分発の阪急宝塚線普通電車に乗って石橋駅に12時30分。あと1時間あるならと降りる決心をした。箕面線を往復したい。


日中の箕面線は頭端式ホームに発着

1時間の往復では駆け足すぎる。終点の駅付近を見物する時間もないだろう。だからこんな乗り方は本意ではない。しかし見過ごせば、後日、この区間だけ乗るためだけに立ち寄る必要があって、どうせ駆け足の訪問になりそうだ。乗れるときに乗っておく。

石橋駅で宝塚線の電車を降りると、そのホームの続きに箕面線のホームがある。階段の上下がないから好都合である。いままで、途中駅から分岐する支線に乗るとき、本線の行きに乗るか、帰りに乗るかをなんとなく決めていた。でも、構内図を見て乗り換えがラクなほうにすればいいんだな、と気づく。何を今更、という感じではある。


石橋駅を出発。複雑な線路配置

石橋駅は宝塚線と箕面線の複線がYの字を作っており、股を開いたところに単線のホームが1本ある。箕面線の日中の電車は石橋で折り返すから、もっぱらこのホームを使う。ラッシュ時は複線のほうを使って梅田まで乗り入れるというダイヤだ。そういえば、今朝、私が梅田から乗った電車も箕面行きの準急だった。この時間は行き止まり式のホームに4両編成の電車が停まっている。3100系である。屋根にクリーム色がないから、古い車両だろう。往年の阪急らしい顔つきだった。

箕面線は宝塚線に対する支線という位置付けのようだ。しかし、この路線が阪急電鉄のルーツである。1910年に箕面有馬電気軌道が宝塚線と箕面線を同時に開業した。線路の長さは宝塚線のほうが長い。しかし、宝塚線沿線は未開発の土地が多かった。だから収益の重点は宿場町の箕面と梅田との輸送にあったと思う。箕面有馬電気軌道にとって、宝塚は有馬温泉までの一里塚に過ぎなかったはずだ。


都会に近い住宅地を行く。アパートが多い

しかし箕面有馬電気軌道の社長となった小林一三は、有馬への延伸が困難と見切りをつけると、宝塚線の沿線開発に精を出す。梅田への通勤客のために住宅を作り、休日の電車の客を増やすため娯楽施設を作った。この中に宝塚劇場、宝塚歌劇団があった。宝塚歌劇団の興行は鉄道を凌ぐ成功を収め、東京に進出。これが東京宝塚劇場であり、後の東宝である。この流れは私鉄の成功モデルのひとつである。そればかりか、街に住む人の「通勤は電車で」「娯楽は電車で」という日本様式を確立させた。

ちょっと脱線したけれど、こうした阪急東宝グループの礎が宝塚線であり、宝塚線を軌道に乗せるまで会社を下支えした路線が箕面線だ。だから阪急グループは箕面線に敬意を払わねばならぬと思う。なぜ古い電車を走らせるか。真っ先に最新の電車を入れるべきである……と、大きなお世話をつぶやいてみる。もっとも、箕面線自体はたった4キロの複線で、途中に2駅しかない。小さな路線だ。この距離だと、複線であるほうが珍しい。ちゃんと投資はされている。


前方に山が見えてきた。箕面山国定公園とのこと

電車は石橋を出るとほぼまっすぐ進んでいく。景色は住宅街である。戸建てよりアパートのほうが多いようだ。大都市に近い住宅地の、典型的な姿である。ひとつ目の駅、桜井駅のそばに年季の入った「スーパー温泉」の煙突が見える。銭湯がある街というだけで、街の歴史の長さを感じる。新興住宅地に銭湯はない。


箕面駅に進入。ダブルシーサスがホームから離れたところにある

桜井を出てしばらく走ると左へカーブ。正面に山並みが見える。その山の麓が箕面だ。西日本と京都を結ぶ西国街道の宿場町で、寺社も多く霊場としても賑わった。山裾で箕面川をはじめとする水利もあったから、太古から住みやすい土地であっただろう。その程度の知識しかなかったから、箕面駅の駅前に立ってみて、まるで観光地の雰囲気であると知って驚いた。ベッドタウンの中心、古くからの商店街が残る……という予想は外れた。正面には温泉街があり、大きな観光看板もある。


箕面がこれほどの観光地とは……

温泉地を誇示するように、駅の並びには足湯の施設もあった。これは最近できたようだ。しまった……と思った。これほど見所の多そうなところだったとは。駅前でパンフレットを入手してみれば、滝があり、紅葉の名所があり。駅からちょっと歩けば昆虫館や郷土資料館……少し離れたところにダムもあるという。


箕面駅の足湯施設。オープンしたばかり

ここはトンボ帰りする駅ではなかったな。商都大阪から電車で30分ほどの距離に、箱根のような観光スポットがあったとは。1993年まではケーブルカーもあったそうで、廃線跡の見物もしてみたかった。ケーブルカーの存在を知っていれば、もっと箕面駅周辺の事前知識もあっただろう。しかし、1993年と言えば、私は鉄道趣味から離れ、いっぱしになった営業マンの仕事に夢中になっている時期であった。


後ろ髪をひかれる思いで帰りの電車に乗る

ここが東京だったら休日に再訪しただろう。しかし次はいつだろう。観光地とはいえ、私にとっては鉄道が主で、観光地は従である。従の用のために既乗路線を再訪するより、未乗路線へと気持ちが向く。たぶん、もう来ない場所のような気がする。その心残りも、旅の思い出のひとつかもしれない。


宝塚線で十三へ。三複線区間に再びときめく

-…つづく

第382回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
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