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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第373回:夕刻の家路 - 名古屋鉄道津島線 -

更新日2011/05/12


名古屋鉄道は徹底した名古屋直通主義である。ほとんどの支線から名鉄名古屋駅へ直通列車を走らせている。東京や大阪と同様に、名古屋も戦時に鉄道の合併が進められた。しかし、東京や大阪のような政策絡みでの合併ではなく、経営難の中小路線が名鉄にすがった形である。引き受けた名鉄としては、これらの支線の魅力を高めるために、中央駅への直通を推進した。そんな経緯から、戦後も分割されなかった。

だから名鉄沿線の人々にとって、どこからでも容易に名古屋へ直通できる。だから便利だけれど、逆に、不慣れな人が名古屋から郊外へ向かおうとすると、どの電車に乗ればいいか、さっぱりわからない。なにしろ全て赤い電車である。自分で調べて何度か乗れば覚えるだろう。しかし、急いで誰かについていくという形では、いつまで経っても独り立ちできない。名古屋人の自立の第一歩は、ひとりで名鉄に乗ることから始まるのではないか。


津島線直通、佐屋行

名古屋鉄道は名古屋を中心に葉脈のような路線網を擁しており、岐阜、豊橋まで足を伸ばす。総延長は約444km。近鉄、東武に次いで日本第3位の大手私鉄である。この大路線網にすべて乗るとすればひとつの事業である。私の事業着手は2004年から。それ以前に、会社員の頃に出張で訪れているけれど、それは記録に含めていない。公私の区別というかっこいい話ではなく、先輩にくっついていただけで、どの路線の駅で降りたか覚えていないからである。

その名古屋鉄道に、私はこの8年間で5回訪れた。そして6回目の今日、やっと完乗である。最後まで残った路線は津島線だ。名鉄本線の須ヶ口駅と名鉄尾西線の津島を結ぶ11.8kmである。なんとなく乗り残してしまい、いつかついでに乗ろうと気楽に思いつつ、喉に刺さった魚の小骨のように、気になる路線ではあった。今日、やっと乗れる。8年越しの完乗である。登山者がベースキャンプから頂上を観るような心境といえば言い過ぎだろうか。


須ヶ口から津島線へ

名鉄名古屋駅のホームに着き、携帯端末で乗り継ぎを調べる。次に発車する電車が、ちょうど津島線経由の佐屋行きだった。10年前は不案内だったけれど、現代はネットで調べれば簡単にわかる。鉄道好きを自負し、時刻表の使い方に詳しい私でも、最近は時刻表を持たずに出かけるようになった。今でも遠出をするときは大判の時刻表を鞄に入れていくけれど、開く機会は減っている。ホームに掲げられた時刻表すら見ない。

先頭車両に乗って前方を眺めた。名鉄完乗の記念すべき列車である。車内は買い物帰りの人々などで混んでいた。すこし感慨を覚えるものは私だけで、他の人々にとっては、ごくごく日常の、休日の都会の電車であった。もうすこし趣のある、終着駅らしい路線を残しておけばよかったと思う。そろそろ日本全線完乗の路線を定めようか。


新しい橋を準備中

列車の種別は準急となっていた。しかし通過運転区間は終わったようで、名古屋から須ヶ口まで各駅に停まり、須ヶ口からの津島線も各駅に停まる。名鉄名物の枇杷島分岐点を通過した。名古屋直通主義の象徴的な施設である。須ヶ口には電車の留置線がある。この駅の隣には豊和工業という大きな製造会社がある。トヨタ創業者、豊田佐吉が考案した自動織機を製造する会社として発足し、現在は工作機械や路面清掃車などを作っている。公式サイトには触れられていないけれど、ミリタリーファンには自衛隊向けの銃器製造会社としても知られている。この駅から渋い顔をした男性が乗ってくると、銃器製造の職人さんではないかと思ってワクワクしそうである。


夕陽へ向かって

須ヶ口駅で津島線に入線した電車は、ぐいっと左に曲がる。津島線は複線のようだ。五条川の鉄橋は架け替え準備中のようで、線路の右側に新しい路盤ができている。川を渡ると線路は真西に向かっている。夕刻なので正面に太陽がある。4本のレールがオレンジ色に光っている。いかにも夕刻の家路という雰囲気だ。眩しいけれど、景色をしっかり見届けたい。名古屋都心に近いだけあって、沿線は住宅街が続く。七宝駅から先は少し農地があるけれど、ちょっと手をかければ住宅開発が加速しそうであった。ちなみに七宝駅は七宝焼きづくりが盛んだったことに由来する。前田利家の奥様、まつの生誕の地でもある。


藤浪駅付近は高架区間

津島線の終点、津島駅で降りた。めでたく名鉄の完乗である。津島駅前には「津島神社」の看板があった。津島線は津島神社への参詣鉄道かと思ったけれど、それにしては大正時代の開業である。参詣鉄道は明治時代中期に盛んだった気がするから、ちょっと遅い。津島神社の門前町と名古屋を結ぶ、都市間輸送路線として作られたと思われる。豊和工業の存在もあるから、軍需物資の輸送も見込んでいただろうか。


津島駅に到着。門前町の玄関

せっかく来たからには津島神社をお参りしよう。なにを祈願するかと考えて、そういえば私は明日から糖尿病で入院する身だと思い出した。なによりも健康祈願をしなくてはならない。最悪は膵臓がん、最善でも過労による内蔵機能低下といったところだ。どうか、少しはマシな病気でありますように。私はキャスター付きの鞄を引きずり、夕日の沈む方向へ歩いた。


津島神社で健康祈願

 


2011年03月28日の新規乗車線区
JR: 0.0Km
私鉄: 16.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,446.6Km (81.30%)
私鉄: 5,592.2km (79.46%)

 

第373回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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