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第370回:欅平駅小走り観光 - 黒部峡谷鉄道 5 -

更新日2011/04/21


鐘吊り橋をわたってトンネルに入り、出たところから川の車窓が左手に変わる。そして、降車可能な鐘釣駅に着く。対向式ホームで列車交換が可能である。こちらのホームは少しお客が降りた。もともと減っていた乗客がさらに減る。空いてきたから、最後の区間だけでも普通車を体験してみたいけれど、小さな客車に押し込められると立ち上がるだけでも億劫だ。もっとも、美人の後ろというポジションに満足している。


鐘釣駅で交換

上りホームは大勢のお客さんが待っていた。15時を過ぎて、そろそろ帰る人のほうが多くなっている。いまから戻る列車に乗れば、黒薙や宇奈月温泉の旅館でちょうど夕食になるだろう。今日の飛行機で帰る人もいるかもしれない。そこに上り列車が到着した。あふれんばかりのお客さんたちが小さな客車にほとんど収まった。

その様子を待ってこちらも発車する。いったん後ろに10メートルくらい下がって、あらためて欅平方面に動き出した。ユニークな動きをする。おそらく、交換設備より列車のほうが長いのだろう。到着する時はポイントの先まで直進してホームに横付けし、発車する時はポイントの手前まで下がる。室井さんも簡単に説明していたけれど、はたして、この乗客の中の何人が納得できただろうか。


小屋平駅でも交換。ここは旅客扱いな

車窓の景観は左に遷ったけれど、もともと客車が小さいから、右側の座席からも景色が見える。立ち上がれば川底も覗ける。ずっと右ばかり見ていたから、右の首と肩が疲れていた。左を向いて首筋を伸ばすと気持ちいい。前の席の美人もカメラを左の窓に向けている。その時、左手の薬指に指輪が見えた。結婚していたんだ。そうだろうな。きれいな人だもんな。ちょっとがっかりした。しかしそれならご主人はどうしているだろう。母親らしき人は実の親か義理の親か。

そこまでで妄想が尽きた。車窓に水門が見えたからだ。小屋平ダムである。ここにも作業員専用の小屋平駅がある。すれ違い設備があって、ここでも上り列車と待ち合わせた。交換駅はフル稼働である。発車すると構内線路が分岐して離れていく。ダム関連の建物がしばらく続いて、ダムの湖面が見えたと思ったらトンネルに入った。トンネルを出ると谷が少しだけ見えてまたトンネルだ。


立ち上がれば湖面も見える

こんどは少し長めに景色を見せてくれて、その次のトンネルは長かった。左の壁の向こうには猿飛峡などの景勝があるはずで、そこへは列車ではなく、欅平から遊歩道が整備されているという。トンネルを抜ければもう欅平駅である。線路が3本並んでいるけれど、ホームは右側しかない。左側は入れ替え用らしく、無蓋貨車が並んでいた。丸くて大きな包みが3つずつ載っている。表面を眺めると、どうやら観光客たちが捨てた缶のようだ。トロッコ列車には、黒部峡谷に物資を運ぶ役目もあれば、そこで出たゴミを降ろす役目もある。黒部はトラックが入れない谷である。


トンネルの間から一瞬の景色

欅平は1面1線の配線だけど、ホームは長く、列車2本が停車できるようだ。機関車を付け替えるポイントも二組あった。でも、もしかしたら13両もの列車2本ぶんはないかもしれない。ときどき短い編成の列車とすれ違ったけど、欅平駅の有効長に原因があるとすれば納得だ。そのホームの先にはさらに線路があって、新黒部川第三発電所まで延びているという。そこには2両ぶんの車輌が載るエレベーターがあり、上階から黒部第四ダムまで通じているらしい。残念ながら一般客は利用できない。しかし、夏の時期に何回か、予約すれば見学できる日がある。いつか立山黒部アルペンルートを旅する時があったら、見学日に合わせたい。


欅平駅着。奥のホームに入ってすぐに、手前に上り列車が入った

欅平駅前には広場があって、ベンチがいくつも並んでいる。休んでいる人も多いけれど、たぶんハイキングから戻って列車を待つ人だろう。いまトロッコから降りた人たちは、窮屈な車内から解放されて、とにかく身体を伸ばして歩きまわりたい。私もそうで、1時間ほどしかないけれど、駅周辺の見所を早足でめぐった。奥鐘橋からの眺めを楽しみ見つつ、人喰岩という岩盤をえぐった道を通ってみた。その先はずっと道が続いており、進むとキリがないので引き返した。


たぶん空き缶輸送列車

駅まで戻って、次は川沿いの道を下って猿飛峡へ。遠くに展望台が見えたけれど、時計を見れば戻らなくてはいけない頃合いだった。残念ながら、遠くに展望台を眺めただけで引き返す。急ぎ足で歩き続け、膝がガクガクしはじめた。しかし乗り遅れたら大変だ。涼しい場所にもかかわらず、汗がどんどん噴き出している。


景勝地の奥鐘橋は駅のすぐそば

なんとか発車時刻に間に合った。しかしお土産屋さんを除く時間はなかった。急き立てられるように改札に入り、長いホームを歩く。乗客は40人ほど。列車は長い編成だったけれど、乗客はすべて1両の特別客車に押し込められた。入り口はひとつ。前後端の座席に向かうためには、中央の座席の一部を跳ね上げて通路にする。観光バスの補助席のようである。尻の大きなおばさんがいて、補助席が上がらない。補助席を上げるために寄ってもらうと、そのおばさんと隣りのおばさんが苦しそうな顔をする。まさかこのベンチに4人も座るとは思わなかったという顔である。


人喰岩を通りぬける


猿飛峡の展望台

それはこっちも同じことで、中腰になって通りぬけ、補助席を降ろしてやっと座れた。この車輌はベンチシートが向かい合わせになっていて、それの至近距離で向かい合う。かなり気まずい距離である。しかも私の向かいは中年のカップルで、女性が男性の腕に絡み付いていた。これは不倫か飲み屋の女だな、と思う。この年頃の夫婦はこんなにはくっつかない。せいぜい向かい合わせに座るか、むしろ間にひとり他人を置いてもおかしくない。

不倫カップルだと思うと顔を直視するわけにもいかず、外は日没後にすっかり暗くなってしまい景色も見えず、視線の方向に困った。この窮屈感で、私は子供の頃に乗った温室のような車輌がこれだと気づいた。何が特別車だ。雨がしのげるだけで、全員が進行方向に座れる普通車のほうが快適ではないか。それなのに特別料金を取るなんて。

帰りの列車はなんとも気まずく、窮屈で居眠りもできない状況だった。途中のどこかの駅にイルミネーション装飾が施されていた。飾りはささやかだったけど、外に観る対象があって嬉しかった。


帰りに見えたイルミネーション


2010年10月10-11日の新規乗車線区
JR: 0.0km
私鉄:120.6km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,446.6km (82.34%)
私鉄: 5,576.2km (80.33%)

 

第370回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■鉄道ニュース(レポーター)
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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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