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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第386回:展望台と展望席の夜 - WILLER EXPRESS 223便スカイライナー -

更新日2011/08/18


大阪から東京へ帰る。予算の都合で帰りもツアーバスである。梅田発23時20分。品川着07時30分。新宿より品川のほうが自宅に近い。ただし、個室タイプの座席『COCOON』の便はなく、3列座席『スカイライナー』である。メルセデス・ベンツ製のバスだというから、これも楽しみ。乗り比べてみようと思った。

WILLER EXPRESSは新宿と同様に大阪にもターミナルを構えている。しかも新名所、梅田スカイビルの1階だ。梅田スカイビルはふたつの高層ビルで成っており、最上階を空中庭園でつないでいる。今までも遠くから何度か見かけていて、その内に行ってみようと思っていた。ちょうど良い機会である。最寄り駅は阪急梅田駅か中津駅。そしてJR大阪駅。徒歩の最短距離は梅田のひとつ手前の中津駅だ。


メガロポリスへ

急行は中津駅には停まらないから、私は梅田まで乗って、各駅停車で折り返した。梅田から歩いても良かったけれど、梅田と十三に挟まれた中津という駅で降りてみたかった。阪急のフリーきっぷを持っているから好都合である。賑やかな十三、きらびやかな梅田に挟まれた中津駅は、暗く寂しい駅だった。国道までの通路は舞台裏の通路のようで、通用口から国道に出た。国道の街灯は道を照らし、遠くに梅田の高層ビル群が輝いている。しかし、その手前は暗く落ち込んでいた。アニメ映画の『銀河鉄道999』で、主人公の鉄郎がメガロポリスを目指して歩いて行く場面を思わせた。


梅田スカイビル

梅田スカイビルはオフィスと飲食店が入っている。飲食店は地下と屋上付近らしく、地上のほとんどはオフィスである。だから、遠くからは窓の灯が見えたけれど、近くに寄ると1階は暗い。20時を過ぎているから、オフィスの受付や店舗も閉まっている。その暗さの中で、ひときわ明るいテナントがあって、それがWILLER EXPRESSの待合所だった。高い天井から照明が降り注ぎ、赤と黒を基調とした空間である。インテリアのショールームのようにオシャレで、疲れた旅人には似つかわしくないような気もする。夜行バス群の発車には時間があるから、お客の姿も少ない。私は場所だけ確認してその場を離れた。


WILLERバスターミナル大阪梅田

長旅の前に夕食だ。ビルのパンフレットを眺めると、屋上付近の飲食店は高級店ばかり、1階はチェーン店のファーストフードで気に入らない。地下街は庶民の味方のようだ。そこは昭和の町並みを再現した街路となっていた。私は大阪らしいものを食べようと、小さなお好み焼き屋を見つけた。外から店の様子が見えなくて、扉を開けると、カウンター席とテーブル席があった。

私が指を1本立てて見せると、女店員が4人がけのテーブル席を奨めた。カウンターはグループ客とカップルで埋まっていた。混みそうな時間にひとりで4人席とはちょっと気まずい。そうかと言って背中を向けるにも気まずい。ジンジャーエールと「豚もやし」をひとつ頼んだ。かつての私なら二、三品を頼み平らげるところだけれど、食事制限の身であった。足りなければもうひとつ頼めばいい。


梅田スカイビル1階のレストラン街『滝見小路』

調理はカウンターの奥で行われて、テーブルの鉄板は保温のために使われるようだ。手のひらを広げたくらいのお好み焼きが出てきた。ふっくらとした良い味である。ゆったりと味わって食べていると、カウンターのカップルが出ていき、4人グループが入店した。しかしテーブルは満席である。カウンターの奥の親父が不機嫌な顔をした。

私は自分がひどく邪魔者になったような気がした。いや、実際に邪魔者だろう。もっともそれは、グルーブ客をカウンターに並べた店の段取りのせいだ。私は残りを早口で飲み込んで席をたった。気分が良ければもうひとつ……という腹具合でもあった。ごちそうさま、と言ったけれど、つり銭を渡す女店員以外は返事がなかった。粉物だからだろうか、空腹感はなくなった。

まだ時間がある。空中庭園へ行ってみた。営業時間は22時30分まで。入場は22時まで。夜行バスの発車待ちにはちょうどいい時間である。バス会社にとってもビルにとっても都合のいい組み合わせだ。入場料金は700円。39階に土産物屋とレストランなどがあり、40階にガラス張りの展望スペース。ここは憎たらしいことにカップル向けのチェアが並んでいる。しかし、その上の屋上が良い。まったくの吹きさらしで、冬は辛いだろうけれど、ガラスの映り込みがないから夜景がよく見える。


空中庭園屋上からの眺め
右下が大阪駅

私はゆっくり歩いて、屋上を一周し、全方位の夜景を眺めた。改装が終わった大阪駅が最も明るい。いま、東京は節電で暗いけれど、節電をしていなくても、東京にここまで明るい場所はないかもしれない。明かりのデザインが新しい。省エネルギーのLEDを使って、同じ電気代でも明るさを増しているのではないか。

手すりにカメラを固定しつつ、夜景の写真を撮っていた。見渡すと、ときどき女の子の二人連れと目が合う。なんだろうと思ったら、ひとりが意を決したのか「写真を撮ってもらえませんか」と話しかけてきた。私が東京者か地元の人か見極めていたのだろうか。地元の人同士なら、もっと気さくに「なぁ兄ちゃん、写真とってくれへん?」と言ったのではないか。そんなことを思いつつ応じた。

ところが、女の子たちの携帯電話ではきれいに撮れない。そこで、私のカメラの夜景モードで撮ってみせた。気に入ってもらえたらメールで送ってあげようと思った。すると、「私もカメラあるんですよ」と差し出した。それは、廉価ではあるけれど私と同じメーカーだった。それなら夜景モードもあるはずと、操作して撮ってあげた。二人はとても喜んでくれた。ただ、白い服を着た子が妙に青っぽく映る。

二人と離れたあと、どうもその青さが気になった。まさか幽霊ではないだろうと思いつつ、しばらく歩いて理由がわかった。ブラックライトだった。人々を楽しませるためのブラックライトが、白い服を浮かび上がらせて、それがデジカメでは誇張されるようだ。もう一度二人にあったら撮り直そうと思ったけれど、もう見つからなかった。幽霊ではないだろうけれど、この出会いは幻だったようだ。


品川行きバス
WILLER EXPRESSが募集し、狭山交通が運行する仕組み

WILLER EXPRESSのラウンジに入り、自動チェックイン機で乗車手続きを済ませた。案内カウンターにはスーツを着た係員がいて、いくつかのバスは遅れているとアナウンスしていた。大きな電光掲示板にバスの時刻と行き先が並ぶ。これからバスに乗れば旅が終わる。しかしこの空間は旅の始まりを演出している。粋だなと思う。そうだ。終わりじゃない。旅の終わりでもなく、夜は一日の終わりでもない。明日への始まりだ。


ゆったり3列シート

出発ゲートを潜り、暗い駐車場に向かった。なるほど、WILLER EXPRESSのピンクのバスではなく、スリーポインテッドスターのバスが待っていた。割り当てられた座席は二階席の最前列だ。格安枠のチケットだけど、購入した料金にかかわらず、チェックインした順に座席が割り当てられているようだ。まるで展望座席。補強材のようなバーが目障りだけど、良い景色である。


まずは新宿駅前に到着

夜の車窓を楽しむまもなく、私はやっぱり早々に寝たようだ。どこかの休憩施設で外の空気を吸って、バスに戻ってまた眠った。目覚めるとバスは夜明けの高速道路を走っていた。そこから品川駅前に着くまで、私はまどろみながら前方の眺望を楽しんだ。宿泊もせず、忙しいスケジュールであったけれど、今回の旅も上出来だ。


品川へ


バスの最終目的地はディズニーランドらしい

第386回の行程地図

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2011年05月17日の新規乗車線区
JR: 0.0Km
私鉄: 91.2Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,446.6Km (81.30%)
私鉄: 5,676.2km (79.46%)

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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