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第363回:夕暮れの路面電車散歩 - 富山地方鉄道市内線 -

更新日2011/01/13


電鉄富山駅とJR富山駅が並ぶ駅前にバスのロータリーがあって、そこに接する幹線道路に市内電車が走る。富山地方鉄道市内電車は富山駅前を中心に南西方向と南東方向の長い路線を持ち、富山駅周辺はコップを逆さに置いた絵のような線形になっている。そのコップにフタをするような形で約900mの新しい線路が作られた。この線路と既存の線路を使って環状運転を実施している。単線だから一方通行であるけれど、円周が小さいから、本当は逆向きに利用したい人にとっても苦にはならない。


中心部を巡回するセントラム

時刻は17時台である。まだ明るいので、これから市内電車の全区間に乗り通す。電停に立つと環状線系統の電車がやってきた。電車は富山ライトレールに似たモダンな低床車体で『セントラム』の愛称がある。ほかの市内電車は昭和レトロな雰囲気だから、この電車の存在が際立っている。私は運転士横の席に座り、大きな前面窓から景色を楽しんだ。複線の線路の両側に2車線という大通り。このゆったり感は路面電車のある町の特徴だ。通りの広さは人々をおおらかな気分にさせると思う。そういえば、富山県は都道府県別の幸福度ランキングで常に上位である。


大通りを行く

環状線系統の電車は反時計回りで一周する。既存路線の左側にあるから、反時計回りにすれば対向線路や対向車線と交差しないで済むからだ。歴史のある大通りから分岐して、富山城址公園をなぞるように左折する。ここから単線で、再整備された道路の路面が新しい。まっすぐ進めばすぐに既存路線と合流できるけれど、新しい軌道は大手町交差点を右折して市民プラザ前を通る。並木と石畳みの欧風な景色もちょっとだけあった。LRTの似合う街づくりは始まったばかりらしい。


富山城址を眺めつつ

富山ライトレールの成功に呼応する形で、富山市は市内交通のLRT化を進めようとしている。鉄道線の上滝線もLRTにしようという構想がある。富山県の路面電車は民鉄の富山地方鉄道が運行しているけれど、これは富山市の軌道事業を富山地鉄に譲渡した経緯がある。だからだろうか、今でも地鉄と富山市の連携はスムーズだ。富山市が市内の環状軌道を計画すると、すぐにルート案が作り出され、多少の綱引きはあったものの、とんとん拍子に建設が決まった。軌道ならではの機動力、と駄洒落にしたいくらいである。


新都心線の単線区間

越前町の丁字路を左折して一番町という交差点を渡る。いかにも歴史のある町名である。ただし次の電停の名はグランドプラザで、LRTが新しい風を起こしている。電車はそのまま進んで、西町交差点で既設路線と合流した。ここから左折して、一直線の通りを北へ向かう。正面にマンハッタンのような高層ビルが見えた。あれは北陸本線の線路の向こう、インテックという会社の建物だ。そのビルのふもとには富山ライトレールの「インテック本社前」がある。


インテックビルがそびえる

富山県、もしくは富山市は鉄道を重用している。富山ライトレールの成功は全国のLRT推進者たちを元気づけてくれたし、それ以前には万葉線の立ち上げもある。JR高山本線の富山側も社会実験と称して増発を実施した。まずは中心都市をしっかり整備して、そこを軸とした地域発展をめざす、と考えているらしい。もうすぐ北陸新幹線がやってくる。このまま少子化傾向が続くと、周辺のライバル都市と人口の取り合いになる。とくに金沢に対するライバル意識が強いと思う。

便利で住みやすい都市を造り、関東圏の経済と文化に参加する。それが富山の野望だ……と、私は勝手に想像している。県内や金沢、富山への移動ならクルマのほうが便利かもしれない。しかし、東京の人々は電車で移動する。東京から企業や学校を誘致するなら、鉄道整備が重要であろう。隣県と金沢市は鉄道に関心が薄いようで、能登半島の線路はどんどん剥がされ、北陸鉄道の末端区間にも支援せず。加賀一宮駅は切り落とされた。富山と金沢の街づくりの違いは興味深い。


昭和レトロ車両で大学前へ

富山駅前電停に戻り、後からやってきた大学前行きに乗った。県庁の横を通り過ぎ、ふたたび富山城址をかすめて、丸の内交差点を今度は右折する。そこからふたつ目の電停を過ぎると線路が複線から単線になった。まだ終点ではないはず、と思ったら、上り勾配で橋に差し掛かり、神通川を渡った。渡り終えるとまた複線になった。この橋は富山大橋といって、現在は架け替え工事中である。工事が終了すれば複線になるそうだ。複線の路線で一区間でも単線があると、そこがボトルネックになって列車の運行本数を増やせない。富山大橋を複線化すれば、市内電車はもっと便利になるだろう。


神通川を渡る

大学前電停は富山大学のまん前にあった。道路側に背の高い木が植えられて、キャンパスの様子はわからない。きっと静謐な森の中、勉学にふさわしい環境なのだろう。歩道橋から大学の建物が少しだけ見える。夕日に照らされて、窓ガラスがオレンジ色に輝く。キャンパスを散歩してみたいけれど、日暮れが迫っていた。次の電車に乗って富山駅前に戻り、そのまま乗り続けて、終点の南富山駅前駅へ向かった。

すっかり日が暮れてしまった。しかし、街中の電車の景色は暗くても風情がある。富山駅前電停から先は道路の両側に商店が並んでいる。ただしその賑わいは隣の地鉄ビル前電停まで。そこから先は早仕舞いの店ばかりで暗かった。右に折れると一直線の大通りで、環状線で通ったあたりを逆方向に進んでいく。閉まった商店が多い理由は、今日が休日だからだろう。どんな都市にも夕刻に賑わう地域と静かになる地域があって、富山はその境目がはっきりしている。乗客も家路へ向かう人ばかり、疲れた表情を隠そうともしない。


夕暮れの大学前電停

不意にこんな寂寥とした日常に紛れ込んでしまった。しかし、このうら寂しさを、私は嫌いではなかった。自分がこの土地に紛れて同化していくような。もういっそのこと、このままこの町に住んでしまおうか、という気分になる。本当に住んでしまったら、ここで旅を終えてしまったら、どんな人生になるだろう。親しかった人々と距離を置き、新しい出会いがあって、今までとは違う人生が始まる……。



南富山駅前駅

南富山駅前駅に着くと、すっかり夜になっていた。駅前にはタクシーが並んでいるけれど、乗ろうとする客はいないようだ。南富山駅前駅の待合室は鉄道線の待合室もかねているため意外と広い。客は3人ほどで、誰もが人形のように動かない。蛍光灯が明るいけれど、そのひとつはジージーと音を立て、光が揺らいでいた。上滝線の駅のホームには誰もいない。普段の私なら、昼間に上滝線の電車から見た車庫を眺めに行っただろう。しかし、このとき私はなぜか、少しでも早く明るい街へ帰りたかった。心の奥にこの街に留まりたいという気持ちが生まれつつあって、その種火を消してしまいたいとも思っていた。

-…つづく

第363回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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