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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第374回:ツアーバスの豪華シート - WILLER EXPRESS 122便 コクーン 1-

更新日2011/05/19


京都へ出張する仕事である。午後から3時間ほどの取材。原稿の期限は翌日にしていただいた。関西の私鉄にほとんど乗っていないので、これは良い機会である。私は経費節約と時間の有効利用を兼ねて、夜行バスを予約した。列車で行きたかったけれど、急行寝台の『銀河』が消え、快速『ムーンライトながら』も旅行シーズンのみの臨時列車となった。東京と関西を夜行で往来するなら、バスしか選択肢がない。


WILLER EXPRESSの新宿バスターミナル

夜行バスは安いし、早朝に着くから便利。ただし窮屈で眠りは浅い。そう思っていたけれど、数年前から事情が変わった。団体貸切バスの座席を小売りするという形で、路線バスさながらの運行をする『ツアーバス』が増えている。運行時刻はインターネットで公開されており、簡単に予約ができる。これらのツアーバスには価格に応じて様々な仕様の座席があって、現在は前後左右にゆとりのある3列シートが標準のようだ。もちろん窮屈な4列シートの格安タイプもあるし、逆にグリーン車並みの豪華な座席もある。

私が予約した『WILLER EXPRESS 122便』は、そんなツアーバスのひとつである。私にとってはツアーバス初体験だ。122便は東京ディズニーランドを21時30分に出発し、新宿、祇園四条、京都駅、大阪堂山町、大阪駅、なんばに停車して、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに08時00分に着く。東西の大テーマパークを結ぶところがいかにもツアーバスらしい。私は新宿で乗り、祇園四条で降りる。22時30分発で05時45分着。往年の夜行列車に似たダイヤである。列車だったら、どんなにいいだろう、とまた思う。


空港のような案内表示。 会社名欄があるので、他のツアーバス会社も乗り入れできそうだ

ツアーバスは路線バスの認可を受けていないため、路上に集合し、路上で解散となる。ところが、WILLER EXPRESSは新宿にバスターミナルを構えている。業界大手の貫禄だろうか。それとも、あまりにも本数が多くなったため、一般道路を使いにくくなったか。事情はいろいろだろうけれど、乗客にとっては気の利いた演出である。明るくて、清潔感がある。売店もあるし、無料のインターネット接続コーナーもある。節電で街灯が消えた歩道よりはずっといい。待合室の乗客は若く、女性も多くて華やかである。もっとも、夜行バスはもともと若者向けの乗り物だ。価格の安さが魅力だけど、乗り続けるには体力が必要だ。


出発ゲートで案内を待つ

何年か前に東京駅から高速路線バスに乗った。あの時、東京駅バスターミナルには、往年の夜行列車のホームのような風情があった。その雰囲気を楽しみつつ「夜の旅は列車からバスの時代になった」と寂しい思いをした。その寂しさが、WILLER EXPRESSの新宿ターミナルでは悔しさに変わる。ここに夜行列車の風情はない。まるで空港ターミナルのようだ。格安バスでありながら貧乏臭さがない。ただし過剰なサービスはないから、格安航空会社に通じる感覚である。価格は安くても高揚感は演出される。ああ、もうだめだ。こんなに心地良く迎えられたら、もう従来の夜行列車では勝てないだろう。

発車10分前。キリっとした姿の女性スタッフに案内されて出発ゲートへ。建物を出ると男性係員を先頭に歩く。夜の屋外は暗く、いきなりツアーバスらしさを取り戻したように感じる。いや、ボーディングブリッジのない場所に駐機した飛行機へ、徒歩で向かう感覚である。階段を上がって駐車場に向かうと3台のバスが並んでいた。すべて122便で、2号者、3号車、5号車である。座席のグレードによって異なるバスが用意されている。連結して走るわけではないけれど、どこか列車に似ていた。


出発を待つバスが並ぶ。ピンクの車体は女性客を意識しているようだ

私が予約したバスは5号車だ。座席は『コクーン』という名の独立型2列シートである。WILLER EXPRESSでは上から2番目のグレード。カプセルホテルのような、あるいはネットカフェの個室のような空間になっている。正規料金は9800円~12800円で、新幹線や飛行機の事前割引並みの金額だ。もはや格安バスとは言えないけれど、数量限定で安価な設定もあり、私は7800円でチケットを購入した。新幹線の最安値『ぷらっとこだま』より安い。今は亡き寝台急行銀河より安い。ちなみに、安さにこだわるなら4列シートで3000円というプランもある。乗り継ぎがある青春18きっぷといい勝負である。


座席幅は3列車より狭く、プライバシー優先

座席向けの空間を優先したのか、通路はカニ歩きしないと通れないほど狭い。座席はそんなに広いわけではないけれど、横幅の広い私でも充分だ。両側に高い壁があって窮屈だが、プライバシーは保たれる。私がネット予約で指定した9Bという席は、隣の9Aにあたる座席がなく、非常口になっていた。だから他の人の存在は感じない。

座って右手にボタンがあって、押すと少し背もたれが倒れた。「なんだ、これだけか」と思ったら、左手側にレバーがあって、操作したら深く倒れた。ベビーベッドに押し込められた気分である。足元はすぼまっていて左右に動かしづらい。しかし、フットレストを上げれば足も上がる。つま先部分にバッグを置いて、そこに足を置いたら姿勢がほぼ水平になった。これはよく眠れそうである。


コクーンの車内。通路の両側に1席ずつ

その足の上は折りたたみ式のテーブルがある。広げると奥にゲームのコントローラーが置いてある。ちょうど正面にカーナビゲーションほどのサイズの画面があって、ゲームもできるし、映画も見られる。映画は2~3年前の洋画で字幕付き。10本ほどだろうか。音楽メニューもあり、ヘッドホンも備え付けられていた。


映画・ゲーム・音楽などを楽しめる

車内には無料で使える無線LANも備えてあって、出発前に添乗員が希望者に設定資料を配布する。私も希望して、iPhoneとGalaxyTabに設定した。パスワードは供用で2台同時に使えた。コンセントもひとつあり、持参したタップで分岐させた。1台はGPS機能付きの地図を表示させてカーナビにした。もう1台でSNSサイト巡回やメール送受信を行う。

コクーンの機能をすべて使おうとしたら寝るヒマがない。私はさっそく映画を見始めたけれど、悔しいことに眠気がやってきた。夜行バスでよく眠れるようにと、前日から徹夜で仕事を片付け、昼寝もしなかった。背もたれをもっとも深く倒すと、さすがに後ろの席の読書灯が眼に入る。もっとも、私はそれが気にならないほど眠かった。バスが高速道路に入って安定走行になると、すぐに眠ってしまったようだ。

-…つづく

 

第374回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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