第371回:快晴の地下鉄訪問 - 名古屋市営地下鉄桜通線延伸区間 1 -
2011年3月28日。品川発、06時00分の『のぞみ99号』に乗っている。空は快晴。2日前に買った指定席は富士山側の窓際で、二人掛け座席の隣は空いていた。まことに晴れやかな旅立ちである……けれど、私の心は曇っていた。11日の東日本大震災とその報道に心を痛めていたという背景もある。しかし、それ以上に、私の身体に異変が起きていた。
のぞみ、という名前が心をくすぐる
青天の霹靂という言葉をたやすく使いたくはない。ここぞという大事件の時に、いよいよもって使いたい。しかし、そんな事態になった。3日前に慢性腸炎で通院したところ、医者より「即刻入院せよ」と命ぜられたからである。腸炎ではなく、もうひとつの持病の喘息でもない。糖尿病であった。血糖値が400を超えていた。通常値は高くても100程度というから、その4倍である。身体をめぐる血液が、今も血管を壊し始めている可能性があるという。
「1時間ごとに意識確認が必要な段階」と医者は言う。しかし私には自覚症状はない。「予定もあるし、準備が必要だから火曜日からにしてほしい」と懇願し、医者は渋々了承した。自己責任だぞ、何かあってもオレを恨むな、という目をしていた……。
朝食は品川駅『鳥づくし』弁当
糖尿病向けの食事は明日から
『のぞみ99号』は新横浜を発車した。隣は空席のままだ。ふだんなら喜ぶところだ。しかし今は「もう後戻りはできない」という気持ちもある。入院を遅らせた予定とは、名古屋にオープンした『リニア・鉄道館』の取材である。趣味半分の仕事で、経費は自費だから、「見物に行くついでにレポートを書きますよ」という体裁になっている。だからかなり自由にさせてもらえて、ついでに名古屋市営地下鉄の新規延伸区間と、名古屋鉄道の全線完乗を狙った。
これが最期の旅になるかもしれない、という思いがよぎる。血糖値上昇の理由の最悪は膵臓がんだという。それを入院して検査するわけだ。そして私は『入院したまま』になるかもしれない。とっくの昔に、そういう心配をする歳になっていた。じたばたしても仕方ない。喘息の発作を起こしていた頃から「なるようになれ」と、どこか身を投げ出す気分はあった。命の期限を示されたら、その時にどうすべきか考えよう。
富士山の威容に勇気をもらう
新丹那トンネルを過ぎて車窓に注目する。快晴の空の下、真っ白な雪を纏った富士山が姿を見せた。それで少し気分が晴れた。最後の旅にふさわしいじゃないか。富士山よありがとう。よろしい。日帰りとはいえ、最期の旅なら、たっぷり楽しんでこようじゃないか。
名古屋駅07時29分着。『リニア・鉄道館』は10時に開館するからまだ早い。そこで、ついでの用を先に済ませる。名古屋駅の地下に降りて、市営地下鉄桜通線の駅に向かった。ホームに到着した電車の行き先は『徳重』だった。昨日、野波から徳重へと延伸したばかりであった。通勤ラッシュ時間帯である。スーツ姿に混ざって車内の奥に進んだ。
名古屋駅から桜通線に。行き先は『徳重』
2008年9月に、私は名古屋市営地下鉄の全線を踏破した。だから野並までは乗車済みである。そこから徳重までは4.2km。しかし、たった4.2kmのために、全線完乗ではなくなってしまう。それはちょっと悔しいから、名古屋に来たついでに乗ってしまおうと思っていた。
もっとも、関東の鉄道完乗については、昨年7月の成田スカイアクセス開業で破綻していた。それも気になるところだけれど、実は試乗会を取材していた。記録には含めていないまでも、乗ってしまった気分ではあった。さらにいうと、東京モノレールの羽田空港国際線ターミナル部分も線路を付け替えている。羽田にはそのうち行くだろうから、急ぐ必要もない。入院したとしても、関東なら外出許可で行ける範囲である。
徳重行きは名古屋駅から郊外へ向かう路線だ。通勤ラッシュとしては逆方向だと思ったけれど、混んでいた。もっとも、二つ目の丸の内駅でかなり降りて、次の久屋大通駅でごっそり降りた。丸の内という名は官公庁の最寄りと予想できるし、どちらも別の路線と連絡している。とくに久屋大通駅は環状路線の名城線の乗換駅だ。これは納得できる。そこから先はどんどんお客が減っていく。
野並に着く頃はガラガラになった。それでも私のいる車輌には、その野並から乗ってきた中年女性がいた。新線区間だけを乗る人である。彼女がもっとも開通を喜んでいるかもしれないな、と思う。いや、本当は道端からバスに乗れたところを、地下鉄に振り替えざるを得なくなったかもしれない。鉄道路線が通じると、並行するバス路線は再編される。新線区間延伸のプレスリリースには、バスについて「新規開業駅を中心としたバスターミナルを中心とした放射路線に再編される」とあった。
そんな途中の駅も観てみたい。しかし所詮は寄り道。むしろ終点近くを散歩したいから、そのまま終点まで乗り通した。所用8分。これで私にとって名古屋市営地下鉄の扱いは『完乗』にもどった。開業からたった一日でタイトルホールドである。降車客は20人ほど。ホームは新しくて気持ちがいい。新築の家のような香りもする。
ピカピカの駅に新しい路線図
静かなホームからエスカレーターで改札階へ向かった。きっと昨日は開業記念式典で盛り上がっただろう。いや、東日本大震災を受けて、派手な催しはなかったかもしれない。どちらにしても、開業翌朝の徳重駅には、賑わいを連想するような痕跡は何もなかった。
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