第130回:自然保護と胃袋の関係
更新日2009/10/08
このところ、毎週末キャンプに出かけては、ハイキング、山登りをしています。山の中に住んでいるのに、さらに山奥に出かけたり、さらに高いところに登ろうとするのは、自分でも奇妙なことだと思っているんですが…。
山奥に入り込み、テントを張り、夜を過ごすとき、やはりクマやマウンテンライオンに襲われるのではないかという恐怖が付きまといます。私たちが行く山に狼はいませんが、夜になり、辺りが真っ暗になると、コヨーテの遠吠えが響き渡り、いかにも野生の中に身を置いた気分になります。
9月に入り、狩猟シーズンの幕が開き、アイダホ州ではアメリカで初めて狼の狩猟を認めました。もともとアメリカ狼は絶滅しましたが、大型の灰色狼をカナダから連れてきたのが予想以上に順調に増えたのです。アイダホ州だけで1,000頭以上生息するようになり、牧場の牛、馬に大きな被害が及び始め、220頭を減らそうと決めたのです。お隣のモンタナ州でも75頭まで狩猟を許しました。
野生の動物がどれくらい繁殖し、ある特定の地域にどれくらい棲んでいるかは、自然保護官、動物学者によって、割合正確に知ることができるそうです。それにしては、自然保護団体のシエラクラブ(Sierra
Club)の調べでは、ロッキー山脈の北側に700頭の狼しかおらず、灰色狼は明らかに絶滅の危機にあると言っており、随分両者の数字には差があります。
西部劇でおなじみのアメリカ野牛"バッファロー"は、たくさんの牧場で飼われ、家畜化し、 "バッファロー・バーベキュー""バッファロー・ステーキ""バッファロー・ジャーキー"として、西部を旅行する人々の胃袋に収まっています。しかし、野生のバッファローは厳しく保護されています。
先週、ユタ州のヘンリー連山へ出かけました。そこで、本来大平原に入るはずのバッファローが、岩山でしかも3,000メートル以上の高地に群れているのを見て驚きました。にわか知識で調べたところ、ヘンリー連山へはイエローストーン自然公園から移住させたバッファローが増え続けたことのようでした。
そして、今では制限つきでバッファロー・ハンティングを許可しています。トロフィー・ハンティングと言い、一生に一度だけバッファローを撃つライセンスを買うことができるのです。そのライセンスは、なんと5,000ドルもし、そのシーズン中に獲れなければ無効になるという条件です。それでもバッファローを撃ちたいハンターはたくさんいるらしく、ライセンスを買い、順番を待つのに何年もかかるそうです。
ヨーロッパ・ユニオン(EC)で、マグロの漁獲を禁止しようという動きが活発です。大西洋ブルーフィン・マグロが主な対象で、南スペインで漁獲され、その90パーセントが日本に向けて輸出されています。
人は直接自分に関わり合いのないことに厳しい正論をふるう傾向があります。いかにも正しい公式論で、バッサリと問題を片付けてしまうことが可能なのです。何百万人というスーダン、エチオピア、コンゴの難民が飢えていることを、高級レストランでグルメの食事を取りながら、議論することに矛盾を感じないものなのです。
アイダホ州やモンタナ州のお百姓さん、牧場主にとって、狼は憎むべき敵ですが、自然保護団体にとって、狼はどんな犠牲を払ってでも守るべき貴重な"種"となります。
さて、ここで私自身の矛盾に満ちた告白をしなければなりません。マグロが本当に絶滅の危機にあるなら、それは漁獲を厳しく禁止または制限しなくてならない…とは思うのですが、日本に帰るたびに、イの一番でお寿司屋さんに駆け込み、「中トロ、一丁」と注文する喜びを、握りを待っている間のワクワクする期待感を捨てることができるかどうか、自信がないのです。大好きなイクラ丼を食べる時、このサケの卵一個一個が成長し、サケになって川を遡ってくるのだとは考えません。
今こうして"中トロ"や"イクラ丼"のことを考えただけで、生唾が湧いてきました。
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