第114回:ブラックベアー
更新日2009/06/18
春になり、雪が解け始めると、山里にいた動物たちが上へ上へと移動し始めました。私たちの山小屋は丁度、そんな移動の通路に当たるのでしょうか、沢山の動物を見ることができます。
毎日2種類以上の野生の動物を見ることができたら、その日はとても幸せな気分で過ごせます。移動する動物以外でも、今までどこに隠れていたのでしょうか、シマリスやチップモンクと呼んでいるミニュチュアのリス、子ウサギ、そして10種類以上の小鳥たちが飛び交うようになります。蛇(ガラガラヘビも含め)、トカゲ、サソリも岩陰からはいでてきます。
下の谷に広がる牧場では、ベビーブームが続いています。やせっぽっちの生まれたばかりの子牛が、まだ覚えたばかりのポキポキするような歩き方でお母さん牛について歩いています。
300メートルほど離れた下の家のおばさんが、頭にはハンカチをアネサンかぶりにしばり、愛用のヤマハのATV(All
Terrain Vehicle;4輪駆動のバギー)に跨ってやってきました。ATVにはいつものようにピストル、熊よけのスプレー、サイレンなどを装備してあります。
ベェブ叔母さんはこの界隈の情報通です。どこそこの家の鶏がコヨーテにやられたとか、谷向こうの住人が野生の七面鳥を7羽も獲ったとか、誰それが新しいトラックを買ったとか、この山の20キロ四方のニュースを隈なく網羅し、ATVに乗り私たちの家まで来て知らせてくれるのです。ベェブ叔母さんの情報は詳細に渡るので、話がとても長くなる欠点はありますが、人付き合いの少ない私たちにとって、とても貴重な情報源です。
彼女の最新情報によると、毎年のことですが、クマが2キロほど離れた農家に侵入し、食料貯蔵庫や冷蔵庫を開け、晩餐会を開いたと言うのです。銃やスプレーを持たない私たちに、寝る前の戸締りを厳重にするよう、忠言に来てくれたのです。
この界隈には巨大なグリスリーはいません。ブラックベアーと呼ばれる小型で(と言っても体重は優に200キロくらいはありますが)、性格のおとなしい、臆病なクマだけです。
山の中で、最初からこちらの存在を知らせてやると、逃げて行くようなクマです。
ですが、中には短気なブラックベアーもいるのでしょう、隣のユタ州のキャンプ場で11歳の坊やをかみ殺したりもしています。
"西部ブラックベアー・ワークショップ"という集会が、カリフォルニア州で開かれました。その報告によると、カルフォルニア州だけでブラックベアーとご対面した件数は1986年に7,480件だったのが、2006年にはなんと3万3,340件、5倍近く増えていると報告しています。
もちろん、今までクマの領域だったところに人間様が入り込み棲みつく様になったことが原因です。報告では95パーセントの出会いは、人間の方に直接、間接の要因があるとしています。ゴミの処理が一番大切なのだそうです。
クマにしてみれば、苦労して木の実や、木の根を漁らなくても、美味しい人間の食べ残しが簡単に食べることができるなら、それに越したことはないし、すぐにもヤミツキになり、人間を見れば、直ぐに食べ残しにありつけると、人間の周りを徘徊するようになる…のだそうです。なんか 奈良の乞食のような鹿を思い出させます。
北米ブラックベアー協会によると、現在、北米に85万頭のブラックベアーがおり、急激に減少しているのだそうです。クマの棲める場所がだんだん狭くなってきているので当然と言えば当然です。そしてその分、人間と出会う件数が増えているのが現状です。
私たちもこの山の家で野生の動物に取り囲まれて暮らしています。逆に言えば自然の動物の領域を侵略していることになるので、偉そうなことは言えませんが、野生の動物には、触らない、殺さない、ただ遠くから見るだけという基本方針でこの山の片隅で間借り生活を続けたいと思っています。
大家さんであるクマが私たちに立ち退き請求をしないことを祈りながら。
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