第397回:アメリカ冤罪事情とイノセント・プロジェクト
アメリカが正義の国、自由の国だという幻想は西部劇の中にしか存在しません。あなたが白人で、保守派で、政治意識、社会意識が低く、もしくはまったく持ち合わせてなければ、アメリカ民主主義の幻想は多少、当たっているかもしれません。しかし、黒人、ヒスパニックと呼ばれているスペイン語を母国語とするメキシコ、中南米系、プエルトリカン、先住民のインディアンにとって、そんな幻想は絵に描いた餅です。
まず、裁判制度です。人間が人間を裁くのですから、間違いは当然あるでしょう。社会や政治の動向や、検察官と裁判官の保身、お金の影響も受けることでしょう。そこには、"疑わしきは罰せず"という基本はあっさりと忘れられてしまう例がたくさんあります。
日本でも死刑の判決を受けてから42年も牢屋に入っていた袴田巌さんが、やっと釈放されました。何でも42年はギネスブックものだそうです。アメリカでは、ギネスブックに載るように、そんなに長期間生かしておいてくれません。判決が下ると即座…とまでは言いませんが、短期間のうちに刑が執行されてしまいます。死刑囚を生かしておくのは税金の無駄遣いだ…というわけです。
死んでしまった人は生き返りませんから、アラッ? 間違った、ごめんなさいで済ますことはできません。それに官憲が過去に一度下した判決、死刑が違憲だったとか、間違ったと認めるのは、それなりに勇気のいることです。サウスカロライナの判事、カーメンさん(Carmen
Tevis Mullen)が、死刑にしてしまったのは間違いだったとして、判決を取り消し、過ちを認めたのです。
この事件は14歳の坊や、ジョージ(George Stinney Jr.)が、白人の少女二人を殺害した罪に問われ、死刑になったものです。もちろん、裁判官、検察官、陪審員、果ては官選弁護士まで、すべて白人で、おまけにジョージ坊やが自白したとされている調書もなく、ジョージ坊やのアリバイを証言した記録も消され、裁判は3時間、陪審員は10分で死刑の裁決を下しているのです。
ジョージ坊やはとても小柄だったので、電気椅子に付いているヘルメット(そこに電流を流す端子がある)が届かず、立会いの牧師が読み上げた聖書など数冊の本を椅子に積み重ね、その上にジョージ坊やを座らせ、やっと死のヘルメットの中に彼の頭を入れることができ、刑を執行できたといいます。
何よりも、未成年でも死刑を執行されることに驚きましたが、サウスカロライナの裁判の杜撰(ずさん)さは、中世の宗教裁判、魔女狩りが人道的に見えるほどのものです。 裁判に関わった人たち誰もが、こんな黒人の一人、事実がどうであれ見せしめのために、白人の女に手を出すとこうなるという見せしめのためだけにでも、素早く殺してしまえとでも思ったのでしょう。この人たちは自分が殺人を犯しているという意識はなかったのでしょうし、彼らの偏見に満ち満ちた行いが、本当の犯人を逃していることに気づきもしなかったのでしょう。
ジョージ坊やの兄弟が長く、苦しい戦い(まさに人生の大半とすべての財力を投じての戦いと呼んでいいと思います)の末、彼らの弟、ジョージ坊やの名誉を回復したのです。
このように、冤罪で処刑されたり、刑務所に入っている人はアメリカには沢山います。ジェフリー・フランク・タウンゼントさんは、無期懲役の判決で22年間刑務所で過ごした後、釈放されました。ジェリー・ミランさんは24年、コオネリウス・ドップリーさんは30年刑務所にいました。
これら明るみに出た冤罪事件が多いのは、大都市のあるカルフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州、イリノイ州に固まっています。それだけ事件が多く、裁判所がこなさなければならない事件が多く、間違った判決を下す可能性も増えるのでしょう。
テキサス州ダラス市の法務官クレイグ・ワトキンス氏(Craig Watkins)が古い事件を掘り起こし、殺人の罪で服役中だったリチャード・マイルスさんの無罪を証明し、10年後に釈放にこぎつけています。クレイグ法務官(もちろん黒人です)は、CI(Conviction
Integrity;完全な判決とでも訳したらいいでしょうか)という課を法務省内に作り、冤罪の可能性のある事件を内側から洗い直す作業を始めました。ところが、彼の下で働きたがる人、若い弁護士がおらず、孤軍奮戦の状況となっています。
イノセント・プロジェクト(Innocent Project)という非営利市民団体の活躍は目覚しく、今まで354件の冤罪事件の判決を覆し、無実の罪で刑務所にいた人を釈放しています。DNA鑑定の精度が増し、しかも比較的簡単にできるようになったことが、このように数多くの冤罪事件を暴き、判決を覆す力になっていることは言うまでもありません。
個々のケースをイノセント・プロジェクトのホームページで見ることができます。そこには検察側のフレームアップ(偽造、偽証)だけでなく、アメリカの裁判制度そのものを疑問視しなければならない…と、人を沈み込ませるほど酷い判例が羅列されています。
イノセント・プロジェクトは現在服役中の無罪の人を救うことを目的としていますから、すでに死刑になった事件を掘り起こしたりしません。一体今までどれだけ多くの人が無実の罪で処刑されたのか、まだ牢屋にいるのかどうか想像もつきません。運よく? 無罪が証明された354件はまさに氷山の一角でしょう。
改めて言うまでもありませんが、無実の罪を被っている大半は黒人です。他は精神薄弱、知能の遅れた人が多く、取調官の甘い誘導に簡単に引っかかり、事実でない自白をさせられています。
アムネスティー・インターナショナルは、未だに死刑を執行している国を弾劾しています。トップは中国、そしてアメリカです。日本も死刑があり、ヨーロッパの国々から見れば人道主義のない、遅れた国のグループに入っています。
豊かな民主主義を享受しているはずの国が死刑を容認しているでは、基本的に人道的文化国家とは言えないと思うのです。国家が制度として残酷な死刑を行っているのは、イスラム国がジャーナリストの首を切るのと同じ次元のことなのです。
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