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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第379回:アメリカのザル法=最低賃金法

更新日2014/09/11



よく日本の労働基準法や最低賃金法は、"ザル"法だと言われます。ザル法とは実に上手い表現だと感心してしまいました。日本人は自分を笑う精神があるのでしょうね。自分に自信があり、ゆとりがなければ、こんな表現はなかなか生まれてきません。

ウチのダンナさんの友達や働き盛りの甥っ子たちは、本当によく働きます。しかも、休暇、一応法律で決められた有給休暇をまとめて全部使い切る…のは夢また夢で、連休に絡めて、運が良ければ、2、3日休暇を取り、最長で1週間、10日程度の休みが最長不倒距離のようなのです。

これがヨーロッパなら、1ヵ月のヴァカンスを取らないで働く人は、気でも狂ったかと思われるでしょう。アメリカでも、1ヵ月とは言いませんが、2週間程度は続けて休むことができるし、労働者の権利、休みを取ることを全く躊躇しません。

ところが、日本ではいささか事情が異なり、権利はあっても誰もそれを十分に使わないのがタテマエらしいのです。2、3週間休んでコロラドに来て下さいと誘うと、そんなことをしたら、日本に帰った時にもう自分の机がなくなっていると言うのです。

少し休んで、仕事から離れ、リフレッシュした方が良い仕事ができるはずですし、より効率的だと思うのですが、日本の会社では、遅刻しないで会社に行き、時間まできちんと詰めていることが大前提のようなのです。その方が楽で、安心していられるという人種が沢山いるのでしょうね。

私の弟と義理の弟、それに高校時代の友達など、数人がアメリカのハイテックの会社で働いています。Microsoft、Google、NASAなどです。そんな会社はアメリカの中でも例外的な存在かもしれませんが、出社時間、退社時間などまったく自由で、休暇も自分が加わっているプロジェクトの区切りさえつけば、いつでも取れるそうです。

こんな実力本位のやり方は、逆にとても厳しいのかもしれません。彼らは一様に普通の労働者の労働時間よりもヅーッと多く働いている…と言っています。もちろん、彼らのお給料は私から見れば天文学的な数字なのですが…。

アメリカでも、合衆国政府が決めた最低賃金法があります。2009年から変わっていない、時間7.25ドルを10.10ドルにしようと、オバマ大統領が推進しているのですが、これがうまくいきません。政治献金を盛大にしている大企業がこぞって反対し、最低賃金を10.10ドルにしたら、アメリカの企業はこれまで以上に中国、インド、バングラディシュ、中南米にシゴトを発注するようになり、逆にアメリカ産業の首を絞めることになるというのです。

ですが、マクドナルドのようなファーストフッド・サービス業は、アメリカ国内の労働力しか使えませんから、この議論の対象にはならないはずです。オマケに、この最低賃金を守っている、履行させている州は36%で、他の64%の州ではアメリカ合衆国政府の法を守らず時給7.25ドル以下で人を使っていることになります。最低賃金法は、アメリカではザル法なのです。

オバマ大統領は最低賃金を1時間15ドルまで持って行こうとしていますが、この法案を通すのはかなり難しいでしょうね。

私は大手のファーストフッド・レストランのほとんどすべてで働いたことがあると、あまり自慢にならないようなことを自慢しています。実際、チョット厳しいアルバイト人生でしたが、ファーストフッド・レストランのすべてというのは大げさですが、非常に多くのファーストフッド・レストランで働いてきました。

16歳の時は時給1.60ドルでした。その後、大学の時は時給2.90ドルまで上がりました。でも、私はそれよりかなり低い給料で働いていました。というのは、この最低賃金法は二重底になっていて、チップを貰う仕事、ウエイトレスなどは、最低賃金法に当てはまらないのです。

チップの収入を見込んで、始めから賃金をかなり安く設定しているのです。良いサービスをして、チップで稼げというわけです。2009年の最低賃金は7.25ドルですが、チップが入る仕事は2.13ドルなのです。

アルバイトで仕事を選ぶときに、安定をとるか、忙しく、かつ高級なレストランでチップで稼ぐことにするか、選択を迫られることになります。大学も高学年になりますと、ファーストフッド、レストラン業界の事情に少しは通じてきますから、同じチェーン店でもあそこは"客質"が良く、お客さんも多く、良いチップが見込めると凡そわかってきます。

人は皆、人生に一度は最低賃金で働く経験をするべきだ、とは私の持論です。そして、今最低賃金で働いている人の上に立つ人間、たとえばマクドナルドの社長さん、ドン・トンプソン(Don Thompson)が年収13.8ミリオンドル(14億円相当)だということを思い起こし、資本主義、お金がすべての社会に少しは疑問を挟むべきだと思っています。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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