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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第376回:食卓での10秒ルール

更新日2014/08/21



私がアメリカ中西部の田舎で育ったことは何度か書いたように思います。私の父親方も母親方もお百姓さんでしたし、私が育った家も森と畑に囲まれた田舎でした。一家全員揃って食卓を囲み、「イタダキマース」のような簡単なお祈りをしてから、一斉に食事を始めたものです。

子供はとにかくよく食べ物を床に落としてしまいます。そんな時、ウチでは10秒ルールというのがあり、落としたものを10秒以内に拾えば、まだ汚れていないから、そのまま口に持って行っても大丈夫…という法則です。

アメリカの一般的な家の茶の間は、いくらきれいに清掃してあるとはいえ、土足で上がるうえ、犬や猫などのペットがいますから、日本の家の床より汚いかもしれません。 それでも、10秒ルールを十分適応して、誰も病気になりませんでした。とりわけ夏休みになり、イトコたちと集まると、床はこぼした食べ物でベトベトの状態になっていたことでしょう。

我が家の10秒ルールを消滅させたのは、ダックスフンドと何かが混ざった雑種の犬、フリッツでした。フリッツは胴が長い分だけ胃腸が大きいのでしょうか、ともかくガツガツ何でも大量に食べる犬でした。そのフリッツがテーブルの下に陣取り、私たちがこぼした食べ物を10秒ルールどころかあっという間に、すぐにペロリと食べてしまうので、とても子供たちが椅子から降りて、床に落とした食べ物を拾うことなどできなくなってしまったのです。

しかし、フリッツも歳をとり、私たちが食事を摂っているテーブルの下で強烈なオナラを頻繁にするようになり、父は食事中にフリッツが茶の間に入ることを禁止してしまい、床にこぼした食べ物清掃係がいなくなってしまいました。

中国の精肉工場で、一度床に落ちた鶏肉をもう一度大きなミキサーに戻している光景が話題になりました。私には床もきれいで、なかなか清潔な工場に見えました。10秒ルールを適応しただけではないかと思ったのです。ところが、次のシーンで表面が緑色に変色した肉の塊をもう一度ミキサーにかけているシーンにはドキッとさせられました。

その緑色がいかにも毒々しく見えたからです。このビデオを撮ったのは工場で働いている人で、それを中国のテレビ局が放映(中国のテレビ局がお金を払って、内部告発させたとも言われていますが)したものを、日本や外国メディアが取り上げ、問題が広がったことのようです。おまけに、日本マクドナルドなどのファーストフッド会社がその工場から半完成品を輸入していたので、騒ぎがますます大きくなっていきました。

中国のこの鶏肉工場はアメリカ資本で、加工機械やプロセスなど、アメリカ的に行われ、他の精肉工場に比べ基準が高い、安全だと言われていました。中国での街頭インタヴューで、若い人は、「そんなこと言っていたら、中国で食べるものがないよ」と言っていました。この若者の声が案外ホントウなのかもしれません。

中国からのニューズでいつも感じることなのですが、あれだけセンセーショナルに大騒ぎした後でも、後のフォローアップ(カタカナ英語ですみません、追跡調査)が聞こえてこないことです。

あの鶏肉工場で事態はどう改善されたのか、一番知りたい、あの工場から出荷された鶏肉はどことどこに売られ、今までオナカを壊した人は何人いたのか、そこの肉をサンプリングし、検査した結果はどうだったのか、どのような雑菌が見付ったのか、他にたくさんある(と思うのですが)中国の他の食肉工場の実態はどうなのか、具体的なニューズがさっぱり伝わってきません。

アメリカのメディアでは、今回偶発的に映像が撮られ流されたのは、この精肉工場がアメリカ資本だったことと無関係ではないと言っています。中国の外資バッシングだと言いたいのでしょうね。

とはいっても、アメリカの食品工場も酷いもので、2008年にアカデミー賞のドキュメンタリー部門で受賞した『Food Inc』(食品会社)という映画では、エッツ、こんなもの私たち食べていたの! とショックでした。 牛、豚、鶏はまさにホルモン、薬漬けで、遺伝子は極限まで弄り回している様子がよくわかります。日本語版も出ていますから、ぜひご覧ください。肉を見るのも嫌になり、ダイエット効果テキメンです。

昔、スペインの田舎に住んでいた時、肉屋さんの店頭に生きたウサギや鶏が籠に入ったまま売られていたのを覚えています。ウサギなど、お客さんが、あれ、あっちの灰色の毛のヤツ…と言うと、肉屋さんがひょいとそのウサギの後ろ脚を掴み、逆さ吊りにして、頭の後ろに空手チョップを一発かますと、ウサギさんは全身を振動させ即死します。それからつるりとイナバの白ウサギのように皮が剥かれるのに本当に10秒とかかりませんでした。

今年の春から夏にかけて過ごしたクロアチアの島でも、早朝に潰した鶏肉をその日に売り切る方式でした。

そこで、私が育った時の10秒ルール、のちに犬のフリッツの床に落ちた食べ物処理方法を中国でも採用してはどうかしら。精肉工場で豚を飼うのです。聞くところによりますと、豚はたいそう綺麗好きだそうですから、精肉工場内で飼っても問題なさそうです。

豚は床にこぼれた肉を即座に喜んで食べるでしょう。そうやって太らせた豚を、今度は潰して肉にする…という、これはまさに一石二鳥のアイディアだと思いませんか?

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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