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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第369回:名前、ID、暗証番号

更新日2014/07/03



大昔、カンサス大学の大学院に在籍していた時、私の論文指導の先生が大学内にある民族学博物館の展示の仕事を私たち学者の卵に振り分けてくれたことがあります。その偉い教授は、インディアンの民族学、言語学の専門家で日本人でした。

私の専門は言語学でしたから、その方面の、主に消えていく言葉のデスプレイを担当しました。

その時、個人の名前を持たないアマゾンの部族が沢山あることに驚かされました。各自名前があっても、決して誰にも明かさない部族も多く、決して自分の本当の名前を呼ばせず、自分ですら呼ばず、本当の名前を呼ぶ時は、その人を殺す時、相対する部族と戦争をする時だけなのです。

レヴィ・ストロースの有名な本にも登場するヤノマミ族などがその典型でしょうか。ともかく、自分の名前は大切に、ヒタ隠しに隠しておくのです。名前を他人に知られると、その名前に呪いがかけられ、病気になったり、果ては死んだりするからです。そんな魔術が本当に効くのなら、憎らしい上司、恋敵をやつけるのに便利ですが…。

私の弟のアイデンティティー=IDを誰かが盗み、彼のクレジットカードで盛大な買い物をし、彼の名前でインターネットショッピングをし、銀行口座にも何度か入り込もうとしていた痕跡が現れたことがあります。

カードを落としたり、盗まれたりしたわけではありません。ただ、彼のメールからでしょうか、誰かがインターネットに侵入し、彼の名前、ID、暗証番号を盗み出し悪用したのです。

彼はハテック、コンピュータ関係の仕事をしているプロなのですが、あっさりとIDを盗まれたのです。彼によれば、その気になれば、割りに簡単に誰のIDでも盗むことができ、暗証番号などを知ることができるというのです。

クレジットカードの会社とすったもんだの末、カードを再発行してもらい、すべての暗証番号を取替えたりで、大変な時間と労力がかかったと、弟は盛んにぼやいていました。

私たちは、アマゾンに棲む名前を決して明かさない原住民と、個人の情報を決して漏らさないという点で変わらない世界に生きています。そんなところから、アメリカのインターネット販売会社は"Amazon"と名付けたのではないかと思いたくもなります。

様々な暗証番号などは決して人目に触れるようなところに置かず、隠しておかなくてはなりません。でも、そのIDや暗証番号の数がやたらに多くなってきて、本人もどこでどの暗証番号を使ったのか定かでない状況です。

インターネットを開く時、メールを開く時、それから、銀行口座をインターネットでチェックする時には、口座番号と暗証番号が必要です。それから、クレジットカード3枚の番号と暗証番号、航空会社のマイルプログラムの番号、それにアメリカで銀行口座を開く時、税金を支払う時など、何時も要求される社会保障番号など、他人に知られては困る番号に囲まれて生きています。

本人がひた隠しに隠していても、名前と生年月日が知られてしまうと、後は簡単にバレてしまうというのですから、手の打ちようがありません。

実際に被害にあった弟が身近にいるので、ID泥棒は他人事でなくなりました。隠しごとをしたり秘密にしたりすることに至ってズボラなうちのダンナさん、公的な書類以外は、誕生日などは彼の父親のもの、名前も大昔飼っていた犬の名前の合成で、その犬が生きていたとすれば110歳になるのですが、全然問題ないよと言っています。私は百十何歳かの犬のダンナサンを持っているのです。

案外、そんなメチャクチャなIDや暗証番号の方が安全なのかも知れませんね。それで、ともかく本当の名前と生年月日が外に漏れる可能性は少なくなっているのですから。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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