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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第364回:"年寄りは転ぶ"~高齢者の山歩きの心得

更新日2014/05/29



歩き始めると同時にスキーを始めたというウチのダンナさんに教えられて、私の家族もすっかりスキーファンになりました。今でも、毎年スキーに行くのをとても楽しみしています。アメリカのスキー場は雄大で、しかも混んでいないので、ついつい飛ばしたくなりますが、そこはお互いに歳なので、ユルヤカにひたすらゆったりと滑るのを身上にしています。

ところが、今まで一度も見たことがないのに、信じられないことですが、ウチのダンナさんが転んだのです。しかもスキーリフトを降りる時になのです。リフト係の若いお姉さんが素早く、「爺さん、しっかりしなよ」とまでは言いませんでしたが、そんな表情で彼を抱え起こしました。

さすがにダンナさんテレていましたが、あれは未だにウチのダンナさんノインテンショナルファール=意図的行為、もしくはその若い女性に見とれていて、リフトから降りるタイミングをなくした…と疑っているのですが。というのは、そのお姉さん、スキー場で半そでT-シャツ姿だけでも目立つのに、かなりのボインを強調するようにピッタリと身体に張り付いた半そでのT-シャツ姿だったからです。

でも、そんな小さなこと(ダンナさんにとっては見捨てることができない重大なミモノだったのかもしれませんが)に気を取られ、何十年もの間転んだことがないのに、すってんころりと、はっきり言ってブザマに転んだのです。

それ以降でしょうか、歳の割にはやたらに動き回るダンナさん、転んだり、足を挫いたり、骨を折ったり、足の爪を剥がしたり、丸太の橋で足を滑らせたりが多くなってきたのです。

まだゴールデンウィークの山の遭難事故の統計は出ていませんが、毎年のように大変な数の方が山で遭難し、亡くりました。自衛隊員の山岳訓練の事故を別にすれば、16人の遭難、死亡者の70パーセント以上が60歳以上のお年寄りです。

ですが、この遭難事故の数字を大げさに考える必要はないと思います。20年前、30年前に比べ、それだけ山に行く人の絶対数が何倍にも増えましたし、団塊の世代というのでしょうか、定年退職し、暇のできた山好きの人がどっと山に押し掛けているのですから、おそらくその期間に山に入った人の数に対する遭難事故件数の割合はむしろ昔より低いかもしれません。

それにしても、山での事故は、ああすれば防ぐことができたであろうという、後悔の念が付きまといます。

一つには、暇があるはずの60歳以上の方々、暇があるという特権をなぜ大いに生かし、好天を待たなかったのか、今の天気予報は昔に比べとても良く当たりますから、初めからお天気と相談し、予定を組み、かつ現場に着いてから再度天気予報を確認し、少しでも怪しかったら、山小屋などで雑談しながら待てばいいのにと思ってしまいます。

もう一つの特徴は、多くの事故は"滑落"(こんな熟語初めて知りましたが)です。しかも、固定のロープ、鎖がある危険箇所、特別な岩場の技術が必要な場所ではなく、そこを過ぎた小道で起きていることです。

これは私のようなド素人の山好きでも分かります。危険な場所を過ぎて、やはりチョット気が緩むのです。ホッとして緊張が解け、足を滑らせたりつまずくのです。

落ちたら100パーセント死ぬような、幅が15センチとか30センチくらいの切り立った崖の中腹に刻まれた長いパスを、岩にへばり付くようにしてやっと渡り切り、平らな川原に出たところで、ダンナさん足首を酷く挫いてしまいました。周りにボインのお姉さんはいませんでしたが…。

帰り道、あまり痛さを顔に表さないダンナさん、すさまじい形相で一歩一歩踏みしめ、悲惨な下山でした。あれが岩場のパスだったら、下まで転げ落ち、私は未亡人になっていたことでしょう。

私たちの山登りは、だんだん高齢者タイプになり、山歩きと呼んだほうが合っている状態になってきました。昨年の山日記を見ると、20日もキャンプして山に入っていたのに、目的のフォーティーナー(14,000 フィート以上、4,200~4,300メートルくらいかしら)の山頂に到達したのはたったの一回で、あとは峠まで、馬背までと打率が恐ろしく悪くなってきています。

ウチの仙人は、「オメー、山頂に立てなくても、こうして二本足でこの景色を眺められるだけ幸せって言うもんだ」とノタマッテいます。

日本の高齢者の山好きの皆さん、"暇はあるけど体力なし"の自らの特権と現実を踏まえ、山を存分に楽しもうではありませんか。

 

 

第365回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その1

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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