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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第362回:偏見のない思想はスパイスを入れない料理?

更新日2014/05/15



「私は全然偏見を持っていない」と自分で言うのはとても滑稽に思えます。偏見を持っているかいないかは、自分で決めることではなく、他の人がその人をどう見るかの問題のように思えるからです。自分で偏見がないと言う人は、よほど自分に対して偏見を持っているのかもしれませんね。

アメリカで、南北戦争の時代に、黒人奴隷を所有していた南部の地主、お金持ちの人たちも、自分は黒人に対して偏見を持っていたのではなく、黒人の本当の姿、在り方を見ていると心底信じていたようなのです。奴隷の持ち主に、「お前たちは人種偏見を持っている」と言ったら、きっと狐につままれたような顔をして、「俺たちは、偏見なんか持っていない」と答えたことでしょう。

ですが、イロイロな偏見の中でも、人種偏見が差別に及ぶと社会問題になります。

アメリカのプロバスケットボール(NBA)のチームのオーナーが差別的言動をしたということで、NBAから永久追放になりました。もう30年以上も"ロサジェルス・クリッパー"を持ち続けているオーナー、ドナルド・スターリングさんが、ガールフレンドのスティヴィアーノさんに電話メッセージで、「お前が、黒人をベッドに連れ込もうが、寝ようが、そこで何をしようと構わないが、バスケットの試合で黒人と並んで観客席に座り、テレビや写真に写るようなことはしてくれるな。私にとって、とても煩わしいことだ」と言い、それが外に漏れて(どうしてそんなプライベートな会話がマスコミに流れたのか不思議ですが…)大問題になり、NBAは"クリッパー"のオーナーであるスターリングさんに、罰金の最高額、2.5ミリヨンドル(2億5,000万円相当)を課し、かつNBAから永久追放する措置を取ったのです。

今、彼の(元の彼のチーム)"クリッパー"はプレイオフの真っ最中で、カンファレンスの優勝まで行き兼ねない勢いなのですが、チームのメンバーはユニホームを裏返しに着て入場し、"クリッパー"という名前が入っていない背番号だけで試合に臨みました。

人種偏見を抱くことは一つの問題ですが、それを不適切に表現することは、また別の問題です。いかなる思想を秘めていても、誰もその思想、偏見を裁くことはできません。しかし、ついうっかりにしろ、本音?を吐いてしまい、それが公になってしまっては取り返しがつきません。

この超大金持ちのドナルド・スターリングさんはユダヤ人で、ビバリーヒルズの不動産で巨万の富を築き、1981年に当時サンディエゴをホームコートにしていた"クリッパー"を13億円相当で買い取り、チームのオーナーとして君臨してきました。

現在80歳ですが、ガールフレンドのスティヴィアーノさんは31歳で、なんと49歳年下です。スターリングさん、なかなかお盛んなようで、奥さんはいるのですが、今までにも幾人か公然と女トモダチを持ち、スポットライトを浴びてきています。

今回のスキャンダルの源、スティヴィアーノさんはモデルで、とかく浮名を流す傾向がある人のようです。NBAの裁定が発表されたすぐ後に、早くもテレビの人気インタヴュー番組に出演しています。

80歳のお爺ちゃん、31歳の彼女に入れあげて、フェラーリ1台、ベントレー2台、レンジローバー1台をプレゼントし、それがお爺ちゃんの正規?の奥さんロシェルに発覚し、裁判で1億8,000万円相当の賠償を求められたりしています。

どうも、この事件は余生いくばくもないお爺ちゃんが、若い女性にハメラレたかな…という感じがしないでもありません。ともかく、NBAのオーナーがプレイヤーの70-80パーセントを占める黒人に対してそんな言動をすること自体、信じられない、許せないことです。

ウチのダンナさんに言わせれば、「スターリングが食べていけるどころか、お金持ちでいられるのは黒人の選手と、なけなしのお金を払ってバスケットを観にきてくれる黒人の観客のおかげ」なのですが…。

現在、"クリッパー"は575ミリヨンドル(575億円)の価値があるそうです(Forbes誌による)、日本で誰かNBAのチームを買う人いませんか?

サッカーでも、"バルセロナ"所属の黒人で、ブラジル人選手のダニー・アルベス選手にバナナを投げつける事件が起こりました。相手チーム、"ビジャレアル"との試合で、ダニーさんがコーナーキックを蹴ろうとしたとき、スタジアムからバナナが飛んできて、それをダニーさん、平然と皮を剥いてヒト齧りし、コナーキックを蹴ったのです。

チョット日本人には想像しにくいでしょうけど、バナナはモンキーの好物で(私も大好きですが)黒人=モンキーという差別の象徴として、侮蔑的に使われます。この黒人=モンキー=バナナの図式は、1970年代にイギリスのチームに黒人選手が入り、活躍し出した頃からの負の伝統のようです。

ダニー選手は、「バカな奴らは笑い飛ばすしかない」とコメントしており、他のサッカーの選手から絶賛を浴びました。チームメイトだけでなく、他のリーグの選手たちのブログにも、自分の子供と一緒にバナナを食べている写真を掲載したりで、この件はダニーさんの完勝でした。試合も3-2で"バルセロナ"が勝ちました。

バナナを投げ込んだ観客は場内のカメラで特定され、生涯スタジアムに入ることを禁止されました。

異民族、とりわけ一目で分かる肌の色に対する偏見は、私のようにモンゴロイドのダンナさんを持つコーカソイドとしては敏感になってしまいます。コロラドの田舎町に引っ越すとき、この町がとても保守的なので、黄色い(実際には黄色くないのですが)肌を持つダンナさんのことを心配しました。

ところが、当の本人は、この近くの超保守的なK.K.K.のメンバーであっても不思議でないような牧場主や牧童たちととても仲良くなり、よほど信頼されなければあり得ない、銃を弾丸付きで貸してもらえるようにまでなったのです。本人は別に特別なこととは思っていないようですが…。

ひょう然としているダンナさんを見ていると、人種偏見は互いに相手を一個の人間として知らないことにミナモトがあるのではないか…と思ったりします。

 

 

第363回:人種別学力差と優遇枠

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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