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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第390回:アメリカへの帰郷と帰宅

更新日2014/11/27



10ヵ月離れていたアメリカに帰ってきました。閉めっぱなしにしておいた家は、と言っても小屋ですが、動物たちの侵入から無事に免れ、クモが思う存分巣を張り巡らせていた程度で、それがなければ、週末キャンプにでも出かけ、我が家に帰ってきた雰囲気です。

家をそのままにしてどこにでも出かけることができるのは、なんと言ってもモノを持たない強さです。家の中に盗む価値のありそうなモノなど何もありません。第一、私たちの家自体、プレハブの小屋で、それをダンナさんが壁に盛大な穴をいくつも開け、大きな窓を入れ、凡そ住宅安全基準など通りそうもない、潰れても保険会社ではおそらく価値ゼロとしか査定しないようなシロモノです。 

こんな家ですから、スガ漏り、パイプ類の凍結、破裂、ネズミやスカンクの侵入程度は覚悟していましたが、それもなく、ほぼ完ぺきな状態だったのです。ほぼと言ったのは、家に帰って初めての夜、異様な臭いで目が覚めてしまったからです。

翌日、雑草で覆われた家の周りをチェックして歩いたところ、クマのウンコがそこここにあり、そういえば、山でクマに出会う前、前触れとでも言うのでしょうか、独特の臭いが辺り一帯を覆います。その臭いだったのです。木の下の草地に、クマがいかにもくつろいだようなスポットがあり、状況証拠からですが、クマさんたちがこの界隈をうろついていたようなのです。

そこで、隣の家のプロ並みのハンター、バッドに尋ねたところ、今年ほどたくさんのクマを見たことがないと言うのです。彼が言うには、ある夜、家の中で飼っている犬が異常に吠えるので居間に出てみたところ、テラスの大きなガラス戸の外にクマが仁王立ちになっていて、クマは網戸に手で軽いフックをかまし、網戸をズタズタにした。それはガラス戸を挟んで、ほんの1メートルくらいの距離しかなかった。

別の時には、庭に置いてあったバーベキューセットを倒し、かすかに染み付いた焼肉の汁を甞めたり、道路脇のゴミのバケツを漁ったり、牧場のフェンスの修理(これは毎年欠かさずメンテナンスが必要です)をしている時、幾度もクマを見たと言うのです。

バッドはクマを獲ったこともあり、野生の動物を良く知っていますが、どうやら今年はクマの当たり年のようなのです。

私たちが住んでいるロッキー山脈の西側の高原は災害の少ない所で、地震はまずありません。コロラド川が谷間の町を流れていますが、まだ上流なので、春の雪解けシーズンでさえ洪水の心配はありません。少し増水すると、谷間のお百姓さんや、庭仕事の好きな人は喜ぶくらいのものです。トルネード(竜巻)もきません。竜巻はロッキーの東側の平原から、カンサス、オクラホマが本場です。

一番の心配は山火事です。何しろ、極端に乾燥したところですから、雷が山火事を誘発します。私たちが不在中にも山火事があり、近所と言っても8、9キロ離れていますが、家が2軒全焼しました。いくら私たちの小屋に価値がないとはいえ、周りの木立、何千、何万とある松(ピニヨンパイン)が燃えてしまったら、また緑の森に戻るまで何百年もかかるでしょうし、私たちの山の価値もゼロになることでしょう。乾燥している土地ですから、木の成長が極端に遅いのです。

そのような自然の驚異はありますが、公道から我が家に上がる砂利の私道に入ってすぐに3頭のシカを見たのです。普段あまり感情を表さないウチの仙人も、興奮気味に、「オオッ、シカだ!」と言ったものです。それから毎日、何頭ものシカが、窓際を草むしりをしている私のすぐそばを、安心し切ったように草を食みながらゆっくりと移動していきます。

ウチのダンナさんの動きも変わってきました。朝ご飯の後、すぐに外に出て、嬉々としてボロ家の修理、薪割り、私道の砂利の下から生えてきたトゲトゲの雑草を抜いたり、大きくなりすぎた木々の枝を払ったりしているのです。どこか溌溂としています。

家から離れた所に一人でいるので、ちょっとクマのことが心配ですが、当のご本人は、「クマだって、そうやたらに人を襲わないさ、イザという時にはこれがある」と、チッポケなポケットナイフを見せるのです。デービィー・クロケットじゃあるまいし、どこの誰がナイフでクマに立ち向かえるものですか。

付け加えて、「シカやウサギ、リス、コヨーテなんかに、これだけ楽しみを与えてもらっているんだから、少しばかり危ないクマがいてくれるほうが、一層自然の中に住んでいるみたいで悪くない」などと言うのです。

夜になって、満天の星を眺め、体が冷え切って家に入り、柔らかなだいだい色の光を放ちながら燃える薪ストーブの前で、日本から持ち帰った煎茶を二人で飲むのは、とてもいいものです。

 

 

第391回:外来種による侵略戦争?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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