第184回:スーパー南京虫のリバイバル
人は生まれつき持っている体質から逃れることはできません。
ロッキーの仙人を自認するウチのダンナさんは、どんな怪我でも傷口を舐めておくだけですぐにふさがり、治ってしまいますが、虫刺され、虫喰われにとても弱いのです。そして不思議なことに、奇妙なくらいありとあらゆる悪い虫が彼に寄り付き、一緒にいる私は全く刺されないのに、彼の方は集中攻撃を受けるのです。しかも、私なら小さくプツンと噛み後が残る程度済むのが、おまんじゅうくらいに腫れ上がり、何ヵ月も残ります。
5月にアメリカ中西部ならどこにでも生存している"チガー"という、草原や畑に住む目に見えないくらいちっぽけな虫に、ダンナサン十数か所もやられ、その後が5ヵ月以上経った今でも体中に残っているほどです。
私自身、開拓時代の話や小説で知っているだけで、ノミも虱も見たことがありません。 そこへいくと、ウチのダンナさん、なんと言っても世代の相違でしょうか、地域、国の差なのでしょうか、ノミ、虱、南京虫などにいったって馴染みが深く、話をしているだけでモゾモゾ体中が痒くなってくるそうです。こんな話をしていると、ウチの元日本人らしきダンナさんとは隔絶した、全く違う世界に育ってきたなぁと、思い知らされます。
もう絶滅したと信じられていた南京虫がアメリカに蔓延し始めています。アメリカだけでなく世界中に広がってきているようです。リバイバルで登場したスーパー南京虫はめっぽう殺虫剤などに強く、抵抗力がつき逞しくなったのでしょう、チョッやソットの薬では死なないのです。
ニューヨーク市では2004年に82件の南京虫襲撃報告しかなかったのが、2009年には4,088件に増え、今年はその3、4倍になっていると予想されています。
再登場したスーパー南京虫は寒さにも強く、本来温暖で乾燥した気候を好むとされていましたが、今やアラスカにまで住みつき、この1年で800%の増加と言いますから、大変な繁殖力を見せています。また、クリーブランド市では5人に一人が南京虫にやられた経験を持つほどに拡がっています。
シカゴでサミットが開かれました。といっても、経済大国だけのサミットではなく、世界で初めての南京虫サミットです。会議には350人もの南京虫のエキスパートや殺し屋(シロアリや建物の殺虫業者、昆虫学者、薬品会社の人々)が集まりました。その時のレポートを見ますと、何でもスーパー南京虫は食べ物(人間の血)なしで、なんと550日も生き延びることができるというのです。蔓延の仕方は、初めジェットセットと呼ばれるお金持ちが、エキゾチックな土地でのバカンスから持ち帰ったと見られています。 スーツケースや服、靴にくっ付いてアメリカに入国したようなのです。
ですから、スーパー南京虫はニューヨークの超高級ホテルから、ブランドものが軒を並べるショッピングモール、セクシーな下着のヴィクトリア・シークレットの店まで拡がり、今では地下鉄やバスに乗り、ありとあらゆる階層、地域にまで拡がっています。
スーパー南京虫は、取り付く相手がお金もちであろうが、貧しかろうが、清潔であろうが、不潔でなかろうがより好みをしませんし、肌の色も、白、黒、黄色、誰でもよし、人種偏見は全く持っておらず、誰にでも吸い付きます。
ただし、人間の方の反応の仕方に大きな違いがります。およそ30%の人は蚊に刺された程度の反応しかしないのに対し、ウチのダンナさんのように異状に弱い人もいて、個人差がとても大きいのだそうです。唯一の救いは南京虫は自力での移動範囲が狭く、マラリアなど、伝染病を運ぶ可能性がない…と今まで前例がないだけかもしれませんが、 言われていることです。
4、50年前に魔法の薬としてもてはやされたDDTは害虫に効きますが、人間にはとてもよく効きすぎることがわかり(レイチェル・カーソンの薬害告発本『沈黙の春』を読んでください)、家も身体も真っ白になるまで撒き散らすことはできません。シカゴ 南京虫サミットも、いかにスーパー南京虫が全世界に広がっているかという報告は、数も多くセンセーショナルでしたが、イザどのように退治したらよいのか、という一番大切な項目になると、急に声がしぼみ、結果としては打つ手がないのが、実情のようです。
現在、アメリカには害虫退治の会社は凡そ1,000社あります。そのうち2009年に南京虫退治110番を依頼され、実行した会社が95%もあります。苦しい対策ですが、南京虫は意外と熱に弱く、家全体、アパート全体を密閉し、大型のヒーターを持ち込み、建物全体をサウナのように熱して殺す、蒸し焼き方式しかないようなのです。もちろん、これにはお金もかかり、小さなアパートで500ドル、普通の家だと2,000~3,000ドルはかかります。そして、アパートでは一室だけ退治しても、建物全体の治療をしなければ効果がないといいます。
秋は学会のシーズンです。私も学者の端くれとして、シカゴ、デンバー、ニューオルリンズと飛び回っています。学会が開かれるのはマアマア良いホテルですが、そのたびに、このホテルの私の部屋に南京虫はいないだろうか、と戦々恐々としています。
ウチのダンナさんの戦後日本の南京虫体験を、60年後のアメリカでさせられるとは誰が想像したでしょう。
第185回:不景気な世に良いショーバイ
"刑務所屋"
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