第168回:国歌斉唱か、国歌バン唱か
アメリカでは、日本でより国旗があちらこちらに飾られているように思います。
星条旗を模したTシャツや、野球帽も頻繁に見かけますし、星条旗のバンパーステッカーを貼り付けた車もよく見かけます。イラクやアフガニスタンにダンナさんや息子さん、娘さんを送り出した家にも星条旗が揚げられています。スポーツイベントにも星条旗は欠かせませんし、卒業式、町の集会にも星条旗が飾られます。
ウチのダンナさんは、「アメリカ人は星条旗を飾り、国家を歌うのが好きだな」と呆れ顔です。そして、「アメリカは移民の国だから、そんなシンボルを高く掲げ浸透させることで、共同体意識を高めていなければならないのかな」と難しいことを言っています、
日本では、お正月でさえ、門や玄関に日の丸を飾る家は少なくなりました。オリンピックで優勝した時に国旗掲揚、国歌斉唱がありますが、日本は金メダルを獲ることが少ないので、国旗も国歌もだんだんなじみ薄いものになりつつあるようです。日本の子供たちが『君が代』をお相撲の歌だと思っている…とどこかで読んだことがあります。
アメリカの国歌ほどよく歌われる国歌は他にないのではないかしら。小学校、中学校、高校、大学の卒業式はもちろん、スポーツの大会には必ず歌われます。それがとてもバラエティーに富んでいて、決まりきった海兵隊軍楽隊や地元の消防隊の方がむしろマイナーになり、伴奏者なしで、ブルースやジャズシンガーが独自のアドリブ、フレーズをつけ、インプロヴィゼーション(即興的に)歌ったり、その学校の喉自慢がコブシを効かせて歌い上げたりします。
人気絶頂のポップシンガーも登場すれば、カントリーシンガーもいかにも西部田舎風の発音でギター一本でうなります。クラッシク界の大御所のオペラ歌手も気軽に登場します。流行はラップ調の国歌です。
アメリカの国歌の方が『君が代』より、アウトビートのバリエーションで歌いやすいと言う人は音楽を知らない人でしょうね。アメリカの国歌も感動を誘う荘厳さがすばらしいと、鳴り物入りで国歌として決定されました。その当時、国歌をブルース、ジャズ、ラップ調で歌うことなど想像外のことでした。今でも、ラップ調国家に、もちろん批判はありますが、それより先に、何よりも皆に親しまれることを優先しているのでしょう。
その点、『君が代』は不幸だと言わなければなりません。歌うのも聞くのもきちんと立ち上がり、姿勢を正して、現代の感覚では、あまりに超スローなテンポで歌い、演奏されることしか許されていないようなのです。
私は、是非演歌調の『君が代』を聴いてみたいし、結構いけると思っています。それがきっかけになって、民謡の追分風、田舎のお祭りのお囃子風に歌うのも良いと思います。 スローテンポが『君が代』に似合うなら、ブルース、カントリー風味も良い味付けでしょう。
国家の尊厳ばかり気にするのは、そのままお蔵に入ってほこりを被って忘れられることを意味します。『君が代』がもっと様々なバリエーションで歌われ、親しまれることの方がよほど大切ですし、そこから、『君が代』にまた新しい解釈が生まれ、新鮮な音楽性が発見される可能性があると思うのですが。
それとも『君が代』には、私が理解できない、歴史、伝統の拘束力が働いているのかもしれませんね。
第169回:
自ら罪を犯したことのない者は石を投げよ!
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