第155回:女の戦争
アリストパネースが「女の平和」を書いたのは、ペロポネソス戦争の真最中の紀元前411年のことです。セックスを武器にした有名な喜劇ですから、あらすじくらいは誰でも知っているかもしれませんね。
美貌で聡明なリューシストラティー(こんな才色兼備の女性が世の中に本当にいるのかどうかは議論しないことにしますが)という女性が、戦争ばかりに明け暮れている男どもに愛想をつかし、戦争相手のスパルタの夫人たちも巻き込んでセックス・ストライキを打ち、だんなさんたちが禁欲に耐えられなくなり、戦争を打ち切り、平和を勝ち取るという、なんとも、牧歌的な話です。
ですが、アテネとスパルタは長い激しい戦争で、両方の国民ともヒステリックな精神状態にありましたから、セックス・ストライキのこんな劇を書き、上演することは大変なことのようでした。
アメリカが中心になって侵攻しているイラク、アフガニスタンの戦争反対運動は、アメリカ国内では悲しくなるほど小さな声でしか響いていません。戦争で息子をなくした母親たちが全国を回り、地味な反戦運動を続けていますが、ベトナム戦争時のように、あらゆる世代、階層に渡った反戦運動に比べ、残念ながらないのに等しいくらいです。
ベトナム戦争のときとは比べられないほど多くの女性が兵士としてイラク、アフガニスタンに出向いています。戦場という大きな緊張を強いられるところで毎日過ごすこと自体特殊なことです。そんな特殊な心理状態の中で、元々男性が支配的な環境に突如放り込まれた女兵士たちへの強姦が多発してます。
アメリカ女性の兵士が仲間の兵士に強姦される確率は、戦闘で怪我をするよりはるかに高いと言われています。2008年にイラク、アフガンで3,000件の強姦事件が起こっています。これは、すべて自国の仲間の兵士、上官が行った強姦で、しかも正式に書面で訴えた件数ですから、ペンタゴン(国防省)でさえ、80%から90%の被害者は泣き寝入りをして、報告していないと推測しているくらいです。
仮に85%の強姦事件が報告されていないとすると、実際に起こった件数は1万7,000件になります。女性兵士の間では、夜7時以降にビールや水を飲むな、夜中にトイレに行くのは強姦されに行くようなものだから、というのが常識になっているといいます。
さらに絶望的なことですが、勇気を出して上官に訴えても、たった8%しか強姦犯人を起訴していないのです。荒っぽいアメリカ本土でさえ強姦の検挙率は40%ですから、犯人を特定して訴えているのに、8%の検挙率は異常に低い数字だと言わないわけにはいきません。
また、軍事裁判に持ち込まれた8%の強姦犯のなんと40%は名誉の退役になり、軍人恩給の権利を奪われず済んでいるのです。
現在、アメリカ軍の15%は女性で占められています。無視できない兵力になっているといってよいでしょう。ですが、基本的には軍の組織は保守的なマッチョ支配なのです。軍のトップにとっての至上命令は戦争に勝つことであり、内部の問題、ましてや女兵士の問題など、無視とはいいませんが、取るに足らないことであり、そんな事件が数多く表面化し、そんな事件のために兵士の士気が落ちることのほうを心配しているのでしょう。ユユシキ問題だと言いながら、なんら具体的な対策を打っていません。
アリストパネースは、女性のセックスを武器をして平和を勝ち取る劇を書きましたが、アメリカ軍は女性を戦争に加えセックスを道具とし、サービスさせることで兵士の士気を高めているとしか思えません。
文明は退化することもあるのですね。
第156回:母乳と哺乳瓶
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