第167回:持てる者と持たざる者
ヘミングウエイの有名な小説のタイトルを借りたわけではありません。
学生時代、学期ごとに間借りしていた部屋を変えたり、寮に住んだり、大学を移ったりしていましたから、平均すると年に1回以上、2回は引っ越していたことになるでしょう。
その時代、私のモットーは普通の乗用車に一回で積めるだけの物しか持たない、ということでした。本は図書館で間に合わせ、テキストは後輩に譲る、服はスーパーの買い物袋3、4個分という風に、ともかくモノを持たずに身軽に動ける状態に身を置きたかったのです。それに私の生活もヤドカリのように、いつも一時ここに住んでみるかといった態度で、この土地に骨を埋めようという意識が全くありませんでした。大学を渡り歩く一種の流れ者、ホームレスに近い生き方をしていたのでしょうね。それは今も変わりませんが。
その後、うちのダンナサンとヨットで暮らし始めましたが、ヨットに積めるモノの量、重さは極めて限られていますから、何か新しいモノを持ち込んだら、同じ分だけヨットから降ろさなければなりません。モノを積み過ぎたヨットほど惨めで、危なっかしいものはありません。第一、軽快に波を切って走ることができなくなると、何のためのヨットなのか、意味がなくなります(これは多分にダンナさんの受け売りですが)。
数年前、水上生活を打ち切り、山の生活を始めました。広い場所に小さな家、生活に必要最小限のモノだけで暮すのが理想とまでは言いませんが、希望でした。でも、一旦陸に上がり、家という器の中で暮らし出すと、呆れるくらいモノが家の中に侵入し始めることに気が付きました。
先週、私の生徒さんやアシスタントを招いて野外でバーベキューをしましたが、その時の彼らの第一印象は、「ワー、何もなくて(これは本当)、スッキリしていてとても素敵(これはお世辞)」というものでした。そういえば、一度、同僚の先生たちを我が家に呼んだとき、彼らが彼女らが連れて来た子供が、「空っぽの家だね」「アレッ、冷蔵庫の中も空っぽだ」と勝手に冷蔵庫まで開いて皆に報告していました。
シンプルライフというのは程度の問題、相対的なことで、私自身はこれでもモノが多すぎる、もっと少なくしようとしているのですが、他の人から見るとひどく貧乏に見えるらしく(これは一部本当)、いろいろなモノをくれたがるのです。
うちのダンナサンは、例によって哲学的に「モノに囚われない精神を持っていればそれでよい」とか言っています。
隣に住む老夫婦が山での生活をあきらめ、山を降り町の団地に越して行きました。そのお手伝いをして、箱詰めやら、荷物をトラックに積んだりしましたが、彼らのモノの多さはスザマジイほどでした。コンテナのような大型トラック3台、大型トラック6台、トレーラ4台でもまだ積み切れないほどでした。
家具類やベッド、冷蔵庫、洗濯機などは標準装備でしょうけど、そのほか、非常緊急用の食料だけで物凄い量なのです。ドラム缶で3本の砂糖、2本の小麦粉、他豆類も各種1本ずつ、ベーキングソーダー、乾燥芋、お米、麦(すべてドラム缶でですよ)、その他、あらゆる種類の缶詰め何百個、料理用の油もガロンビンで数十本、日本の小さな町で雑貨屋さんを開ける量なのです。彼らが死ぬまでに食べ切れない豆類、小麦粉、お砂糖の量なのは確実です。
箱詰めをしていて気が付いたのですが、2、30年前にスーパーの景品でもらった一度も使ったことがないプラスチックのコップが何ダースもあったり、どう転んでも太ってしまったおばさんが絶対に着れなくなった、若くてやせていた時の服が何十とあったりするのです。モノを捨てることができない人がいるものですね。そんな人に限って、どんどんモノを買い込んで増やすのでしょう。モノに囚われる人、こだわる人は、結局モノに溺れるのでしょうね。
彼らの後に越してきた中年夫婦も物凄い量の荷物を運び込みました。ということは、案外これがアメリカの平均的な持ち物の量なのかもしれません。私の両親のところも、彼らに負けないくらいの物量です。やはり家が大きいとそれだけ余計なものが入り込むのでしょう。
消費文化、万歳のアメリカで、シンプルライフを続けるのは案外大変なことなのです。そして、気が付いたことですが、モノの量と人間の幸せとは反比例するのではないかということです。人はやはりモノを持てば持つだけ、もっとモノが欲しくなるようなのです。
冒頭をヘミングウエイで飾りましたので、締めは、「人が死に、それを埋めるには2メール四方の土地があればそれで十分だ」と言ったのはトルストイではなかったかしら。もっとも、彼はモノも土地も捨て、挙句の果ては、奥さんや家族まで捨て、ホームレスみたいにどこかの駅で野たれ死にしましたが。
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