東横線の日吉から横浜市営地下鉄グリーンラインに乗っている。アイスキャンデーを食べようと思って出かけたはずが、なぜか新線探訪になった。北山田を出た電車は左へ大きく曲がり、やがて地上に出た。センター北駅である。隣に地下鉄ブルーラインの駅が並ぶ。ブルーラインは東急田園都市線のあざみ野駅から南下し、新横浜、横浜を経由して京急の上大岡を結び、小田急江ノ島線の湘南台に至る。センター北駅は、港北ニュータウンの中心となるべき街路のために作られた駅だ。センター北駅とセンター南駅、それぞれに大型ショッピングモールがある。私が実家に住んでいたころ、センター北駅のガード下にあるペットショップによく通ったものだった。弟の影響で熱帯魚に凝っていた。
センター北駅。向こうがブルーライン。
5年ぶりに訪れたセンター北駅の様子に私は落胆する。ブルーラインの駅とグリーンラインの駅が独立並行しているからだ。ブルーラインが開通したとき、すでにグリーンライン用の駅はできていた。そちらはもちろん未使用だったけれど、もしグリーンラインが完成したら、この駅は方向別複々線になると思った。つまり、グリーンラインの中山行とブルーラインの横浜行が同じホームになり、グリーンラインの日吉行とブルーラインのあざみの行が同じホームになると思っていたのである。しかし実際はブルーラインとグリーンラインが分離されて、相互の乗換えが配慮されていない。せっかく接続するからには同じホームで乗り換えられるようにすべきではないか。そこには需要がないのだろうか。
美少女高校生たちが降りていく。寂しくなったけれど、ここからセンター南駅まではつかの間の地上区間である。数年前に比べて建物が増えた。マンションがいくつも密着して建っている。ベランダの先にビルの壁。土地があるのだから、もっとゆったりと空間を使えばいいのにと思う。この辺りは山を崩して造成した丘陵地帯で、道路が広く、適度に緑もあって心地よい場所である。夏の夜に東京からバイクを飛ばしてくると、この辺りは肌寒くなる。住み心地の良い気候である。そんなクルマ社会はガソリンが高騰する昨今では懐に厳しい。それだけに地下鉄など公共交通機関にがんばってもらわなくてはいけない。
センター北駅付近。
電車は再びトンネルに入る。次は都筑ふれあいの丘という駅だ。レジャー施設がありそうでなさそうで、私の記憶に合致する場所がない。地図を見ると清掃工場とその余熱を利用した温水プールがあり、その清掃工場のそばにふれあいの丘公園がある。清掃工場は覚えている。第三京浜の都筑インターができる前は港北インターを利用しており、そこまでの道のりにあった。とくに思い入れのある土地ではないので、降りて確認するまでもないけれど、地上の様子はかなり変わったようである。
いったん地上に出てトンネルに入り、また地上に出て川和町駅に着く。ここは港北ニュータウン地域から外れており、車窓に緑も多くのどかな雰囲気である。この次の駅は終点の中山だし、地図によるとこの近くには電車の車庫もある。私はようやく途中下車する気分になった。ホームに下りて電車を見送る。車両に遮られた風がふたたび高架ホームを通っていく。緑と日なたの匂いがする。そうだ、ここでアイスキャンデーを食べるのだ。私は軽い足取りでホームの階段を下った。
川和町駅。
駅の南に高架線路が延びており、分岐して曲がる線路もある。あの先に車庫があるのだと見当を付けて歩き出す。日差しが強く、汗ばむ。高架線路は地上に降りて、真っ白なコンクリートの壁になった。その脇の道は整備中らしく、交通整理の警備員がいる。恰幅の良い若い女性で、褐色の肌が汗ばんでテカテカと光っている。朝から陽射しに当たり続けて辛いと思うが、彼女は久しぶりの通行人に笑顔を向けた。その脇を通り過ぎ、道端を歩きながら進むと、線路の下に空洞を見つけた。そこには何も支えていない丸い柱があって、薄暗い柱の天辺で鳩が羽を休めていた。道を戻り、これは何かと警備員に聞くと、「わからないです。でも、向こうになにか説明看板がありますよ」と教えてくれた。
車庫の下の遊水地。
その説明書に寄れば、鶴見川の氾濫を防ぐための遊水地とのことである。電車の車庫と一体で整備したらしい。その電車の車庫は2メートルくらい高い場所にあって、道端からは見えない。道路の反対側、鶴見川の土手の上のサイクリング道路から、なんとなく様子を覗ける程度だった。むしろ鶴見川を眺めながらの帰り道のほうが心地よい。強い日差しに肌を焼かれ、汗をかいたところに川で冷えた風が吹いた。
車庫。
分岐点まで戻り、本線に沿って駅とは反対方向に歩き出す。これだけ歩いて汗をかいたから、きっとアイスキャンデーも美味いはずである。私はようやく家を出る目的を果たそうと思った。線路が地面にもぐり、その上と思わしき道を歩いていくと酒屋があった。私は店に入り、おもむろに冷蔵ケースからアイスキャンディーを2本取り出してレジに向かった。人の良さそうな初老の夫婦がやってる店だった。店を出るともう食べたくなって、ガードレールに寄りかかって食べ始めた。甘く冷たい氷がのどの奥を降りていく。うまい。陽射しは相変わらずだが風がある。身体の内側と外側が冷却されていく。
鶴見川沿いを歩く。
酒屋の前にクルマが停まった。中年の夫婦と犬、黄色い服を着た1歳くらいの子供がいた。酒屋の夫婦が店から出てきた。なにやら楽しそうに挨拶をして、子供は酒屋の夫婦に渡った。どうやらあの夫婦の孫のようだ。子供を残してクルマが走り去っていく。私は2本目のアイスキャンデーを食べながら、そんな様子を眺めている。私は口の中の冷たさと甘さで恍惚としており、おそらくはかなり呆けた怪しい男に見えたのだろう、夫婦もすぐに子供を連れて店に引っ込んだ。
アイスキャンデーは美味かった。私はかなり満足した。そろそろ駅に戻ろうかという頃に、酒屋の配送用の軽自動車が帰ってきた。運転手は若い男で、おそらく子供の父親に違いない。彼はクルマを降りると私を訝しそうに見つめた。ぼうっとしていた私と目が合ってしまう。彼は私のほうにどんどん近づいて、こう言った。
アイスキャンデーに到達。
「こんなトコで何してんですか、杉さん?」
私は正直に応えた。
「暑かったから、アイスを食べに来たんだよ」
「わざわざオレん家に?」
「どうやらそうみたいだ」
彼は通称で城くんと言う。もう数年の付き合いになるバイク仲間である。彼の実家の酒屋がグリーンラインの予定線上になって、近くに移転したという話は聞いていた。その店がここだった。彼に伴って再び店に入り、ご両親に挨拶する。
「なんだ、知り合いだったのかい」と言われた。相当怪しい男に見えたらしかった。孫の子供は今年の正月に私の家に遊びに来たことがある。しかし半年も会わなかったから覚えていない。なついてはくれないが、泣かないでくれただけありがたい。
「これからどうすんの」
「アイスを食べたからもう帰るよ」
「それならクルマで送るよ。中山まで配達に行くから」
「お、それは嬉しいね……いや、それは困る」
中山までクルマで行くと、グリーンラインの川和町-中山間が未乗になってしまう。私は城くんと娘に別れを告げて川和町駅に向かった。地下鉄電車の銀色の車体が夕日を浴びてオレンジ色に輝いている。
第245回~第248回の行程図
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2008年6月16日の新規乗車線区
JR:00.0Km
私鉄:13.0Km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):17,314.4Km (76.53%)
私鉄: 4,824.2Km (70.64%)
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