日暮里・舎人ライナーの電車は荒川を越えた。背の低い建物で埋め尽くされた地域が延々と広がっている。東京の中心に近いけれど、他の地域に比べるとやや不便。だからこそ程よく発展して過密にならなかった。車窓の右側、遠くに大きなマンションと商業ビルなどが林立している。あちらは東武鉄道の駅がある辺りである。日暮里・舎人ライナーが開通したから、こちらもだんだん景色が変わっていくだろう。すでに車窓から赤いクレーンがいくつも見えている。開業を見越して建てられた賃貸マンションは、入居者募集と書いた大きな横断幕を掲げていた。
高架で架線のない新交通は見晴らしがいい。
私たちは先頭車最前列の右側、ふたり掛けの席に座っている。電車が小さいので、通路を隔てた左側は"おひとり様"の座席。そこにカメラを持った老人が座ってはしゃいでいる。老人にありがちな大声の独り言かと思ったら、同年輩の友人が後ろに立っていた。
「交替するから座りなさい、こここは眺めがいいから」、「いや私はここで結構」、「そんなこと言わずにさぁ」といった調子である。
都内に住む70歳以上の老人に対して、社団法人東京バス協会がシルバーパスを発行している。課税所得があれば年間約2万円、課税所得がなければ年間1,000円で乗り放題である。街中を走るバスや地下鉄は乗っているだけではつまらないけれど、日暮里・舎人ライナーの車窓は爽快だ。私が70歳を超えたら何度も通ってしまいそうだ。まだ30年も先の話ではあるが、楽しみだ。
それにしても爽快な車窓、軽快な走りだ。周りに高い建物がなく、目線の上はすべて空である。軌道わきの看板も低い。あれは道路から見えるための看板で、建てたときに電車が走ることを想定していなかったからだろう。その看板のひとつに、「バイキング じゃんじゃん」がある。高野駅の手前で、今日のランチで行く店である。もう空腹だが、開店まであと30分ほどある。H君と相談し、いったん終点まで乗りとおしてから帰りに寄ることにする。もっともっと腹を空かせたほうがいい。
難読駅「谷在家」。
高野駅は「たかの」ではなく「こうや」である。その次の江北は「えきた」ではなく「こうほく」である。江は荒川を指していると思われる。舎人といい、なかなか難しい読み方をする駅が多い。その次の谷在家は「たにありけ」と五音で読みたいところだが「やざいけ」である。ここも難読駅名だが、私はすぐに読めた。三重県の関西本線に中在家というスイッチバックの信号場があって、蒸気機関車の撮影の名所だった。もはや鉄道ファンの中でも高齢組しか知らないことである。
この間、軌道はほぼ真っ直ぐ北に向かっている。電車の加速が力強く、H君と私は感心する。道端から乗れるバスや自宅から乗れるマイカーに対して、鉄道がアピールできることといえば速さだと思う。駅までは歩くとしても、そこから先が早くなければ魅力がない。鈍行でのんびり、という雰囲気も好ましいけれど、鉄道は速くなくては意味がないのだ。それは都会でも田舎でも変わらない真理である。日暮里・舎人ライナーは速い。だから平日昼間でもお客が多く、各車両に15人ほど居る。
舎人公園は広大。
舎人公園駅。
中央に折り返し線がある。
建物ばかりの灰色の風景。その向こうから大きな緑地が近づいてくる。舎人公園だ。戦時中に防空緑地として整備されたところ。公園の真ん中を屋久橋通りが貫いたせいで、日暮里・舎人ライナーの駅は東西の公園に挟まれていた。この公園には散歩道だけではなく、陸上競技場やドッグラン、子供がそり遊びをするための土手などが造られている。
降りて散歩でもしようかと冗談めかしてH君に言う。いいですよと返されて焦る。「腹も減ったし、男ふたりで公園を歩いて面白いんですか」と言われると思ったからだ。「やっぱり終点まで行って、飯を食って、それからもう一度来るかどうか決めよう」と提案し、納得してもらう。
舎人公園駅は日暮里・舎人ライナー全駅の中でもっとも大きい。島式ホームが2面並び、その間に軌道が1本ある。真ん中の軌道は折り返しと車庫との出入りに使われるようだ。舎人公園駅の北側でスロープを降りていき、舎人公園の北側地下に作られた電車の車庫に通じている。私たちの電車はそのまま本線を進んだ。左手にテニスコートや陸上競技場が見える。これも舎人公園の敷地内である。本当に広い。
舎人駅付近は栄えているらしい。軌道よりも背の高い賃貸マンションが並んでおり、この地域の中心的な役割を果たしているようだ。マンションは新築だけではなく、ある程度経年したものもあった。新築のほうはやはり入居募集の横断幕がある。「こういうところに住むってどうだい」とH君に聞く。「環境はいいけれど退屈しそうだ」同感である。静かな街は私たちには少々上品過ぎるような気がする。
見沼代親水公園駅。
この先で軌道が終っている。
日暮里・舎人ライナーと言うくらいだから、始発は日暮里、終点は舎人だと思いがちだ。しかし終着駅は見沼代親水公園であった。自動改札の無人駅だが、黄色いジャンパーを着た係員が立っている。日暮里・舎人ライナーの社員ではなく、どうも地元の観光ボランティアのようだ。この辺りは古墳時代の遺跡があって、駅の改札の内側にも出土品の展示コーナーが設けられている。私たちは改札を降りると周辺地図を眺めた。そのまま引き返すのも芸がないので、駅名になった見沼代親水公園を歩く。地上に降りて北へ向かって歩き、ひょいと左折したところが見沼代親水公園の入り口だ。住宅街路に沿った遊歩道である。
住宅街の遊歩道だからすぐに終点だろうと思っていたら、意外と距離がある。堀には大きな鯉や鮒がいる。植栽の手入れも行き届いており、菖蒲がすっと立ち上がって黄色い花を咲かせている。ちょっと休憩できるベンチや東屋もあり、良い散歩道だ。犬を連れている人がいて、私も自宅で留守番させている犬を思い出した。たしかにここは良さそうな散歩道だ。今度連れてきてやろうと思う。犬にとって、いつもと同じ散歩道のほうが安心できるか、見知らぬ土地を冒険するほうが楽しいか、どちらだろうか。飼い主に似るなら後者だと思うのだが。
見沼代親水公園。
見沼代親水公園は、元は見沼代用水という灌漑水路だったそうだ。その用途が済んでからも小川のように親しまれ、やがて公園として整備された。しばらく歩くと浄化装置があり、小川に突き当たる。H君が「田舎の川のにおいだ。懐かしいな」と言う。公園の堀は浄化された水なので匂わなかったということらしい。ふと見上げれば、「川口市」の標識がある。この小さな川が県境になっているようだ。私にとって県境は多摩川だったり旅先で見る分水嶺だったりする。こんなにも安直に繋がった県境があるなんて。なんだか珍しいので徒歩で県境を越えてみた。
街並みはあまり変わらないけれど、駐車場に停まっているクルマは足立ナンバーではなく大宮ナンバーになった。それを見て納得した。なにかきっかけがなければそのまま延々と歩いていき、いずれは野良犬のように彷徨ってしまいそうな気がした。
「さぁ、焼肉屋に行きますか」
私はH君に声をかけ、いま来た道を振り返った。
第242回~244回の行程図
2008-242koutei.jpg
2008年5月19日の新規乗車線区
JR:00.0Km
私鉄:09.7Km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):17,314.4Km (76.53%)
私鉄: 4,811.2Km (70.46%)
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