「予定通りに終わってしまいましたね」
「さて、どうしましょうか」
2008年2月20日。私たちは、大阪の西天満あたりで時間をもてあましていた。同行メンバーは某IT系ニュースサイトの編集長、営業担当氏、カメラマン氏である。午前中の飛行機で伊丹空港に着き、昼食後に取材先へ。インタビュー取材は話が脱線すると予想外に時間がかかるため、帰りの飛行機は夕方遅めの便を予約したそうだ。ところがインタビューの相手が取材慣れしていたこともあって取材は順調。余裕を見たはずの時間が丸ごと余ってしまったというわけだ。現在の時刻は15時30分、飛行機は18時の便である。約2時間半をどう過ごそう。
「予約便を繰り上げようとしましたが、どの便も満席です」と営業担当氏。彼が航空会社のマイル貯蓄に精を出しているため、今回の出張は飛行機で往復する。今朝、編集長は羽田空港で、「杉山さんは新幹線のN700系に乗りたかったんじゃありませんか」と声をかけてくれたけれど、私は「飛行機も好きですからお気遣いなく。自宅から羽田空港は近いし、伊丹空港は初訪問だから楽しみです」と応えた。それでも伊丹からのタクシーの車中でモノレールを見かけたときは、「あれにまだ乗ったことないんですよね……」などと話したものだった。
大阪の街を歩く。
10分ほど立ち尽くしてアイデアが出てこないので、私は冗談混じりに、「ちょっと遠回りして、みんなでモノレールに乗りませんか」と提案した。東京の羽田空港行きモノレールは景色がいい。大阪のモノレールも楽しそうだ。「杉山さん、ほんとに電車好きなんやなあ」と営業担当氏が笑う。編集長は、「僕は大阪出張のたびに寄っている鮨屋に顔を出そうかな。ちょっと時間が早いけど」とつぶやき、私には、「モノレールに乗ってきてもいいですよ。飛行機で会いましょう」と、ありがたい言葉を頂戴した。他の二人は編集長側についた。私は生魚が嫌いなので、上手い具合に3対1の別行動が決まった。
4人で梅田に向かってアーケード街をそぞろ歩き、私は3人に別れを告げて地下道に入った。大阪モノレールの本線は伊丹空港と門真市を結んでいる。東梅田駅のきっぷ売り場で路線図を眺めると、ここから地下鉄谷町線に乗れば終点の大日で大阪モノレールに接続するとわかった。大日は門真市の隣の駅である。予定外の新規路線乗車なので地図も時刻表も持っていないが、まずは良い段取りだ。谷町線も初乗車である。
大阪市営地下鉄谷町線は大阪市中心部の谷町を南北に貫く路線だ。谷町線の北端は大日駅、南端は八尾南駅。延長は約28キロで、地下鉄としては長い路線である。中心部の谷町は官公庁や企業の本社、大阪支社などが集まるビジネス街、南側には天王寺を中心とする文教エリアだ。車体は銀色で無骨な形。車体の帯の色は沿線に多い寺社にちなみ、僧侶の袈裟に由来するというから、質実剛健という印象だ。そんな先入観を持ったせいか、車内にも落ち着いた人が多い気がする。
地下鉄谷町線の22系電車。
私が乗った電車は終点の大日には至らず、途中の都島止まりである。早くモノレールに乗りたくて気が急いている。時刻は16時30分。飛行機は18時発で、その30分前に空港に入るためには、あと1時間しかない。私は携帯電話でインターネットの乗り換え案内サイトを調べた。
都島から大日までは12分。大日から門真市までは乗り換え時間も含めて5分程度だろうか。門真市から伊丹空港までモノレールの所要時間は35分。合計52分である。大阪モノレールは彩都線と言う支線があって、全線踏破できそうだと思っていたが甘かった。本線だけでもギリギリというスケジュールだ。いや、元々予定外の訪問だから、本線に全て乗れるだけでもありがたいと思わなくてはいけない。
乗り換え案内サイトで調べた結果、飛行機に間に合わなければ、引き返すべき駅はここ都島である。わずか数分のゆとりしかないけれど、私は引き返さず大日へ向かうと決めた。決めてしまったら落ち着いたもので、電車をじっくり観察する余裕も出てきた。谷町線は第三軌条式の地下鉄だ。第三軌条は、車輪を載せるレールのほかに設置されたもう1本のレールで、電車に電力を供給する役割がある。ほとんどの鉄道は架線を張り、電車の屋根上に設置したパンタグラフから電力を取り入れる。その架線の代わりが第三軌条というわけだ。
大日駅。
第三軌条方式は東京の銀座線、丸の内線など初期の地下鉄に採用された。その理由はトンネル断面を小さくでき、建設コストを下げられるからだといわれている。たしかに銀座線などは小ぶりな電車だ。しかし谷町線の電車は大きくて、大都市の動脈を担う力強さを感じる。車体は角ばっていて武骨そのもの。だがそこがいい。谷町線に大阪の屋台骨である。丸っこい華奢な電車が走り始めたら世も末ではあるまいか。どうかいつまでもこのデザインを貫いてほしい。
電車はトンネルの中を走り続けている。地上を空想するならば、東梅田から北東方向へ向かい、天神橋6丁目で東に転進、淀川の支流大川を潜ったところが都島だった。さらに西に進み京阪電車の野江に近づくと左折して、将来はおおさか東線として旅客化される予定の城東貨物線の下も潜っていく。おおさか東線には野江駅と都島駅が設置される予定だが、地下鉄谷町線とは離れた場所になる予定である。
京阪電車と付かず離れずの距離を保ち、国道一号の地下を北西へ。あとは真っ直ぐの道のりだ。このあたりは京阪電車、谷町線、阪神高速守口線が並んで淀川東岸の交通を支えている。太子橋駅や守口駅は淀川河川敷から500メートルほどの場所だが、もちろん車窓からは見えない。電車は地上に顔を出すことなく終点の大日に着いてしまった。谷町線はこの先も高槻までの延伸構想があるが、大柄な地下鉄だけに建設費用も大きいせいか、着手される気配はないらしい。
大日駅の地上に出た。谷町線は大阪市営地下鉄の路線だが、ここは大阪市ではなく守口市である。ひとつ手前の守口駅から越境していた。駅はモノレールと近畿自動車道の高架の真下。駅前ロータリーの向こうには大型ショッピングセンターもあり、どうやらこの辺りはベッドタウンとして開発が進められたらしいと見当がついた。
近くには谷口線の車庫もあると聞くが、時間のゆとりがないので先を急ぐ。モノレールの駅は地下鉄出口の真上にあった。自販機で切符を買い、自動改札を通り抜ける。改札機の真横に駅員の詰め所があって、その窓の奥にいた女性駅員が深々とお辞儀をした。その姿が老舗のデパートガールのようで、思わずこちらも礼を返した。上りエスカレーターで、人々が急ぐ人のために左側を空けて立っている。東京とは逆である。私も左側に立ち止まり、自分が大阪に居るのだと実感した。
モノレール大日駅ホームから。
-…つづく
第240回の行程図
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