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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第492回:第1日曜日の旅 - 三岐鉄道 北勢線 1 -

更新日2013/11/14


徹夜の仕事現場から地下鉄東西線で東京駅へ。09:40発、のぞみ219号の自由席に乗った。急いでいる時は自由席がいい。ちょっと余裕を持って10:00発に乗る予定だったけれど、仕事が定時に終わって20分早い列車に乗れた。この運行頻度と日程の自由が新幹線のメリットだ。日曜日の自由席は空いていた。新幹線はビジネス需要のほうが大きいと、あらためて感じる。


珍風景。有楽町付近を走るE259系

自宅から東海道新幹線に乗る時は品川駅が近いから、東京品川間の新幹線は久しぶりである。通勤電車で見慣れた区間だけど、新幹線は少し高いところを通る。車窓がちょっと違う。有楽町駅付近で赤い屋根のE259系電車を追い越した。成田エクスプレスは地下の横須賀線を走るはず、なぜ東海道本線を……と思ったら、伊豆急下田行きの臨時列車、マリンエクスプレス踊り子号だった。側面のLED表示器にもしっかり列車名が書かれていた。字幕なら"臨時"だったろう。LEDは便利だ。旅の始まりから珍しいものを見た。


田町―品川間の車両基地が再整備されている

私は2年前の2011年3月に名鉄を完乗して、名古屋圏の鉄道路線を踏破した。少し視野を広げると三重県に未乗路線がいくつかある。三岐鉄道、近鉄湯の山線、内部線、八王子線だ。このうち内部線と八王子線が存廃問題で揺れている。2012年8月に近鉄が鉄道の廃止とBRT転換を四日市市に通達。四日市市は鉄道存続を固持している。民間企業が止めたいというものを止めるな、とは酷な話だ。なし崩しに廃止されそうな気がする。

それでもすぐに廃止というわけではなさそうで、私は乗りに行く機会を待った。四日市に行くなら未乗路線をまとめて乗りたい。内部線・八王子線の電車は古くて冷房がないというから、夏は避けたい。そんな状態だから乗客が減り赤字になるわけだ。近鉄としては赤字だから新車を入れたくない。暑苦しい電車だから乗客が増えない。負のスパイラルである。そんな逡巡のさなか、2012年11月に三岐線で脱線事故が起き、不通区間が生じた。復旧は2013年1月だった。

三岐鉄道に乗るなら寄りたい施設がある。丹生川駅付近にある貨物鉄道博物館と、阿下喜駅にある軽便鉄道博物館だ。どちらもボランティアが運営しており、開館日が限られている。貨物鉄道博物館は第一日曜日、軽便鉄道博物館は第一、第三日曜日。両方を巡るなら第一日曜日だ。私は隔週日曜日が仕事でふさがっている。休める第一日曜日をカレンダーで追うと、2013年3月3日になった。今日は三岐鉄道に乗って一泊。明日は近鉄のローカル線に乗るという日程になった。


高層ビルが増えた名古屋。大都会だ

富士山を期待して右側に座ったけれど、あいにく低い雲に隠れている。西方は曇り空か……いや、愛知県に入って晴れた。新幹線は前線の下を通り抜けたようだ。名古屋駅でいったん改札口を出て、JR東海ツアーズで帰りの割引チケット"ぷらっとこだま"を買った。このチケットは割引率が大きい代わりに変更できない。今回は往路で使えそうな割引きっぷがなかった。帰りは日程を確定できるから、少しでも安くあげたい。窓口の女性の愛想がよく、それだけで旅に出てよかったと思う。


桑名駅のIC乗車券チャージ機
カードは立てかけるだけで機械に挿入しない

Suicaで改札口に入り、関西本線の四日市行きに乗って桑名で降りる。関西本線の景色は見慣れた気がする。しかし前回の訪問は1年半前の8月だった。既視感は旅の記憶が確かなせい。そしてそれは文章に残して反芻しているからだ。そういえば、あの時、三岐鉄道北勢線の黄色い電車を目撃しており、次こそ乗ろうと決心した。その桑名駅に着き、改札を出る前にSuicaにチャージした。IC乗車券の全国相互利用サービスは20日後。現在はJRグループ間のみ相互利用できる。PASMOはまだ使えない。


JR桑名駅から三岐鉄道桑名駅まで高架歩道を通る

三岐鉄道北勢線の西桑名駅は桑名駅に隣接している。同じ駅とみなしてよい位置だけど、関西本線の車内放送は近鉄と養老鉄道を案内するけれど北勢線は出さなかった。駅名が違うせいだろうか。同業者から見放されているようで寂しい。もっとも、桑名駅から西桑名駅まで、私と一緒に歩く人は少ない。ほとんどの人がバスの停留所へ流れていく。


高架歩道の階段を降りると西桑名駅の裏側が見えた

三岐鉄道北勢線も経営危機に直面している。北勢線は2003年まで近鉄が運行していた。しかし赤字を理由に近鉄が廃止を表明。地元自治体は鉄道存続のため、10年間の支援を約束して三岐鉄道に事業継続を要請した。今年はその期限である。2012年に支援の継続が検討され、2015年までの支援延長が決まった。しかし、沿線自治体の東員町がいったん態度を保留するなど足並みが乱れた。2015年から先の延長はあるかと不安になる。今のうちに乗っておきたい路線といえる。


北勢線西桑名駅はバスロータリーに面している

西桑名駅の窓口で、三岐鉄道1日乗り放題パスを買う。1,000円で北勢線と三岐線の両方に乗り放題。今日の私にピッタリのきっぷだ。係員が自動改札の開け方を説明してくれた。三岐鉄道は無人駅が多く、きっぷは自動販売機、改札も自動機。ところが乗り放題パスは対応していない。どうすればいいかというと、改札そばのインターホンで遠方の係員を呼び出し、カメラにきっぷをかざすと自動改札を開けてくれるそうだ。三岐鉄道だけではないけれど、割引きっぷのほうが手間が掛かる。


三岐鉄道1日乗り放題パスを買うと説明書がついてくる

北勢線は30分間隔で運行しており、終点の阿下喜駅行と途中の楚原駅止まりが交互に発車する。阿下喜へ行く電車は1時間おきとなっている。次の列車は12:35分発の楚原止まりだ。そこへちょうど黄色い電車がやってきた。さて、これに乗るか、見送って阿下喜行きを待つか。

30分後の阿下喜行きを待つ間に昼食というアイデアが閃く。しかし、カバンの中におにぎりが二つあることを思い出した。昨夜、夜食のつもりで買って、カロリー制限を考えて食べなかった。これは早めに食べておきたい。私は黄色い電車に乗り込み、発車を待つ間に食べた。西桑名で30分を使うより、楚原という耳慣れない街を歩いてみたい。おにぎりを食べ終わり、お茶を飲みたいと思った時、発車の合図が聞こえてきた。

三重県のナロー鉄道を訪ねる旅。ようやく開幕である。


まずは途中駅の楚原行の電車に乗った

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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